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4 子殺し 2

レベッカ視点

 ここ数日、シドが捕縛されてからずっと、レベッカは自分の過去が暴かれるのを恐れ、生きた心地がしなかった。


 当たり前だ。獣人王シドと関係しただけではなく、その子供まで産んでしまった。


 レベッカは『悪魔の花嫁』だ。そのことをずっと隠して生きてきたが、いつばれるのか、その懸念は影のように常にレベッカにつきまとっていた。


 自分は求めてなかったのに、あの恐ろしい赤い男に無理矢理孕まされた。どうしたいかなんて選択肢がレベッカに与えられることはなく、あの男の気紛れによって人生が歪められて脅かされ、その苦しみは今もずっと続いている。


 セシルは一体どこまで知っているのか、そしてなぜ今のこの時に現れたのか。シドが捕まった直後にナディアまで捕まり、なぜ同時に処刑されそうになっているのか。わからない。わからないことだらけではあるが、自分が『悪魔の花嫁』であったことが公になれば、身の破滅が待っていることだけは確かだった。


 自分が処刑されることも恐ろしいが、真実が明らかになった時の周囲の反応も恐ろしい。夫のライト侯爵は国への忠義に厚い人物であり、自分の妻がシドとの間に子を成していたなんて知ったら、自決しかねない。


 夫とは平民と貴族であったが恋愛結婚だった。


 獣人の里から逃げ出した後、レベッカは実家の家族にすらシドの子を産んだことは言えなかった。周りの者たちは腫れ物を触るようにレベッカに接したが、レベッカにとってはその全てが辛かった。

 自分のことを誰も知らない土地へ行きたくて、村長の伝手で首都の侯爵邸の使用人の紹介状が書けると聞き、一も二もなく飛びついた。村長はレベッカが一年以上獣人の里に囚われていたことは黙っていてくれたようだった。


 夫であるライト侯爵は子供の頃に領地で獣人たちに誘拐されたことがあり、激しい拷問の末に顔の全面が火傷の痕で引き攣れていて、頭部の大部分は髪の毛が生えてこない。侯爵は最上級学校を主席で卒業するほどの秀才だったが、醜い容姿のせいで女性には縁遠かった。


 美しく恐ろしい獣人王とのことが心の傷だったレベッカは、醜い侯爵に対して他の若い女性たちが抱く忌避感を感じなかった。使用人として首都の侯爵邸で働くうちに侯爵との距離が近くなっていく。レベッカは貴族が平民を選ぶとは思っていなかったので油断していた。気付けば互いの好意が丸わかりになるほどの間柄になっていた。


『私の本当の姿を見ても嫌がらない女性はあなただけだ』


 侯爵はレベッカに夢中だった。侯爵は家族や信頼のおける使用人、そしてレベッカの前でだけは口元以外を覆う仮面や鬘を外していた。


 何度も口説かれて甘い言葉を囁かれる。抱きしめられると、周囲に侮られないようにと子供の頃から鍛えていたらしい広い胸板に包まれて安心感を感じてしまう。


 夜に部屋まで来てほしいと請われて、『悪魔の花嫁』である自分は侯爵様に近付いてはいけないのだろうと思ったが、シドに暴かれたままの身体を侯爵に上書きしてほしくて、望まれるまま――自分からも望んで――そんな関係になった。レベッカはシドのことを忘れたくて侯爵にしがみついた。


 レベッカは、自分は女っ気のない侯爵のただの夜伽の相手だと割り切ろうと思っていた。しかし、その頃にはもう、侯爵の嫁を貴族令嬢から探すのは難しくなってきていたようで、引退した前侯爵家夫妻は平民でも構わないと思っていた節があった。彼の両親の策略だったのか、服用していた避妊薬が別のものにすり替えられていたらしく、気付いた時には身籠っていて、レベッカは流されるように侯爵の花嫁になっていた。


 幸せを感じながらも、その幸せは砂上の楼閣であることをレベッカは痛いくらいに感じていた。


 シドが捕まったと聞いた時は全身から血の気が失せていきそうで、けれど国防大臣の妻として元平民であることを吹き飛ばすように精力的に社交活動を行い、社交界の花と呼ばれるまでに洗練された所作を身に着けていたレベッカは、周囲の者たちにそのことを全く気取らせずに自室に引き上げ、一人になってから地獄の底にいるかのように落ち込んだ。


 あの男のことだから、レベッカのことなんて綺麗さっぱり忘れて記憶にも残っていないのではないかと、そう思うことで何とか正気を保っていた。


 夫の仕事経由で少し漏れ聞こえてくる情報から、怒れるシドに尋問するのはどうにも不可能であり、何も証言を取れずにいると聞いて幾分気持ちが落ち着いた。


 その状況なら自分のことがばれる危険は少ないだろうと思いつつも、心配で心配でレベッカは精神をすり減らしながら、シドが処刑されて永遠に口を閉ざす瞬間をじりじりと待っていた。


 ようやく翌日に迫ったシドの死と共に開放されると思っていたのに、そこにナディアまでが出現してしまった。レベッカは焦って、極限状態を通り越してもうわけがわからなくなってしまった。


 ナディアの処刑許可書にサインをした後、明らかに様子のおかしいレベッカをライト侯爵は心配していたが、風邪を引いたのかもしれず、うつしたら申し訳ないとレベッカは自分の部屋で寝ると言って、夫婦の寝室から辞してきた。


 その後のレベッカの行動は素早かった。自ら進んで捨ててきた子供に対して初めて作る毒入りの料理を手に携えて、口が堅く信頼できる使用人に頼んで馬車を走らせ、銃騎士隊本部まで来ていた。


 ナディアという名前が同じだけの違う獣人かもしれないし、本当に娘だったとしてもレベッカが侯爵夫人だとは知らずに秘密を漏らすことはないかもしれない。しかしレベッカは、危険を冒してでも確かめずにはいられなくなっていた。


 もしもナディアが自分のことを知っていたら、こう言うつもりだった。


『私があなたの本当のお母さんよ。事情があってあなたを獣人の里に置き去りにしてしまったけど、あなたのことを忘れたことは一度もないわ。処刑されるなんて可哀想に。お母さんが必ずここから出してあげるからね。さあ、お腹が空いたでしょうから、まずはこの食事をお食べ』


 レベッカは里から逃げ出す時に、ナディアを殺してから逃げてくればよかったと本気で後悔していた。もしくは逃げ出す途中で魔の森にでも置き去りにしていれば、獣の餌になってくれただろうに。


 毒で苦しむ我が子の絶命を見届けて、それから自分自身がどうしたかったのか、レベッカは何も考えていなかった。

 獣人を殺したこと自体は罪には問われないだろうが、なぜ侯爵夫人がわざわざ檻に入っていて処刑予定の獣人を殺したのか、詮索されれば自分の過去が暴かれる危険性もあった。銃騎士に見つからずに殺して逃げて来られればいいが、その保証はない。

 前後のことも考えられないほどに追い詰められていたレベッカは、ただ自らの過去を消したかった。




 ナディア、どうして現れてしまったの?


 お母さんは一生会いたくなかったわ。




 地面に這いつくばりながら号泣するレベッカを、セシルは見つめている。


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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