7 名前を変える日
少しヤンデレ
アークは、雷少女こと『魔女』はもう来ないと言っていたが、アークに濡れ衣を着せられていた本人であるマグノリアは、新しく部屋を借りてゼウスと暮らし出したナディアの所に度々現れては、「調子はどう?」と、人間に擬態して暮らすナディアを気にかけてくれた。
困ったことを相談すると助けてくれるので、魔法使いマグノリアはとても頼もしい存在だ。
それから、首都にいた頃に『魔法の塩』をくれたりして助けてくれた魔法使いのノエルも、お忍びでナディアたちの所に来てくれた。
ノエルからはオリオンの詳細を伝えられている。
オリオンは魔法でナディアの記憶を失ってしまったそうで、ゼウスに報復しに来ることはないだろうという話だった。
けれど、何かの拍子にナディアのことや、ゼウスと恋敵だったことを思い出してしまうかもしれないので、オリオンとはもう会わないでほしいと言われ、ナディアはそれを了承した。
ノエルは、再び『魔法の塩』を定期的に持ってくることや、「何かあれば私も力になります」と言ってくれたので、魔法使いが二人も協力してくれるなら、この先何とか生きていけるんじゃないかと、ナディアはオリオンのことで罪悪感を感じつつも、ゼウスとのこれからについては楽観的に考えている。
ただし、時々ゼウスは、ナディアにオリオンとの接触があったことを思い出すらしく、「死ぬ時は一緒だよ……」と仄暗くなるので、オリオンに顔付きが似ているノエルが訪れた後などは、ゼウスがまた暗黒面に落ちないように要注意だった。
本日は、ゼウスとの結婚式だ。
「早くけじめをつけたい」というゼウスの意向で、結婚式の準備は急ピッチで進められた。
ゼウスが支隊勤務に変わらなければ首都で結婚式の準備をしていただろうし、ナディアは毎日楽しく準備を行った。
そうして夏が終わらないうちに、二人は青い空と海を背にした白い教会で式を挙げた。
ウェディングドレスは、引越し先の大家さんから「娘が使ったもので良ければあるよ」と言われ、ご厚意に甘えた。サイズを直し、結い上げた髪に南国に咲く生花を挿せば、文字通り『花嫁』になれた。
花婿のゼウスは純白のタキシード姿だ。銃騎士は隊服で挙式をすることもあるようだが、必ずそうしろという決まりがあるわけでもない。ナディアに配慮したのか、ゼウスは挙式で隊服は着ないことにしていた。
ゼウスはこれまで獣人を殺したことはないようだが、これからも銃騎士を続けるゼウスは、いつか獣人を殺すこともあるだろう。
けれどゼウスに嫁ぐナディアは、ゼウスがナディアの全てを受け入れてくれたように、これからも彼の全てを受け止めていくつもりだ。
金髪碧眼の美形ゼウスの花婿姿は、まるで絵物語に出てくる王子様そのもので、垂涎ものだ。
参列者は、ゼウスの姉アテナはもちろん、アテナについてきたノエルと、遠方はるばるやって来たエリミナや、エリミナの両親もいて、一家はバカンスも兼ねて南の島を訪れたそうだ。
そして、再会するなり謝られ、ナディアも殴ったことを謝ったアーヴァインと、それから、無理矢理連れて来られたらしいリンドもいる。
マグノリアはそのままの姿で参列すると色々とマズイらしく、鳥の姿になり近くのヤシの木に止まって挙式を見守っている。
マグノリアの夫であるナディアの異母兄ロータスも、ナディアの結婚を喜んでくれたらしく、マグノリアが見ている同じ風景を遠隔地から魔法で見ているそうだ。
ウェディングドレスを貸してくれた大家さんを始めとして、ナディアが南西列島に来てから知り合った人たちも来てくれたし、あとはゼウスがお世話になっている支隊の面々も参加してくれた。
雷少女姿のオリオンが支隊本部を襲撃してナディアが連れ去られた後、「彼女が自分の正体が獣人であると言っていた」と、ゼウスは支隊の者たちに話してしまっていた。
ナディアは「念の為」と、獣人かどうか判別できる血液検査を受けさせられてしまったが、マグノリアが魔法で結果に細工をし、むしろ人間だと証明することができた。
ナディアが獣人だと語ったことは、「痴話喧嘩上で出てきたただの嘘」と判断されたようで、かなりホッとした。
それこそが嘘であることはちょっとだけ心が痛いが。
実は、来年の人事異動について、退役希望の一番隊長ジョージ・ラドセンドの後継として、フランツ支隊長の名前が上がっているらしい。
本人は嫌がってるそうだが、フランツが一番隊長、もしくはその下の一番隊副隊長に異動になる場合、副支隊長のカイザーが持ち上がりで支隊長になることは確定で、空いた副支隊長のポストには逞しきオネエ銃騎士ショーンが就きそうな雰囲気らしい。
そこで、ショーンが副支隊長になった暁には、専属副官をゼウスにしてくれないかと、現一番隊ジョージが内々にショーンにお願いをしているらしい。
支隊の者たちは先の血液検査もあってナディアが獣人であることは知らないが、ジュリアスやアークを含むブラッドレイ家の者たちは知っているし、なんと、一番隊長ジョージも知っているそうだ。
一番隊長がそんなことを知っててナディアの首を刎ねに来ないのが不思議だが、若い頃は数々の女性たちを手玉に取ってきて破天荒な面もあるジョージは、ゼウスに幸せになってほしいと願っているそうで、秘密は墓場まで持っていくと言っていたらしい。
そのジョージが、「ゼウス君を守るためには首都には戻さずに南西列島で暮らすようにした方が良いだろう」と言っていたそうで、ジョージが現役なうちはゼウスが本隊に戻る予定はない様子だ。
とはいえ退役する予定なので、副支隊長の専属副官にしてしまえば、「異動でこちらに戻ることもなかなかないだろう」という話だった。
今回フランツが首都に戻されそうになっているのは異例なことで、大体は支隊といえど隊の長となった者が動かされるのはなかなかないらしい。
フランツと共に、気心の知れたカイザー現副支隊長を一番隊副隊長として本隊に戻す案もあるそうで、ゼウスをカイザーの後釜として、「専属副官ではなくて副支隊長にする方法もあるな」と、支隊長と副支隊長の任命権を持つジョージ一番隊長はそんなことも考えているそうだ。
ちなみに専属副官の指名については、各隊の隊長・副隊長の判断に委ねられている。
可能性としてそれらの話をされた時、ゼウスは、「副官ならいざ知らず副支隊長なんて荷が重いかも」とは言っていた。しかし、「メリッサのためなら頑張る」とも言っていた。
ゼウスの行動原理はほぼナディアのようだ。
南西列島の人々はナディアと同様に細かいことを気にしない人が多く、ナディアは大らかな気質を持つこの地を暮らしやすいと感じ、とても気に入っている。
銃騎士隊の人事についてはまだわからないが、ナディアはゼウスと共に長くこの場所で暮らせたらいいなと思っている。
「メリッサ」
挙式が始まる。祭壇までの道のりを共に歩こうと、ゼウスが差し出してきた手の上に、ナディアは自らの手を重ねた。
ナディアとゼウスの二人は参列者の拍手を受けながら、歩みを進める。
二人は挙式が始まる前に既に婚姻届を提出していて、ナディアは『メリッサ』としてゼウスと夫婦になっている。
人間のふりをするには「本当は獣人王シドの娘ナディア」と知られるわけにはいかないので、『メリッサ』としてこれからも生きていく方が都合が良い。
自分の本当の名前を名残惜しく感じながらも、ナディアは結婚式を期に、『メリッサ』を偽名ではなくて本名にしようと決めている。
「ナディア」はいなくなって、本日からは銃騎士ゼウスを夫に持つ「メリッサ・エヴァンズ」になる。
今日の結婚式は名前を変える儀式でもあって、ゼウスのために全てを捧げ、生きていくと誓う日だ。
手に花嫁の花束を持ち、司祭に永遠の愛を誓うかと問われた彼女は、「誓います」と、見届ける人々の前で、迷いなく宣誓した。
【ゼウスハッピーエンド 了】
これにて第一部は完です。
お読みくださりありがとうございました。




