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3 特別な獣人

R15注意

「ごめんなさい!」


 寝台の上、ナディアは正気に戻ったゼウスに対して、正座して手を付き頭を下げる土下座体勢(スタイル)で、涙ながらに謝った。


「私は獣人です。あなたの仇である獣人王シドの娘ナディアです。メリッサは偽名でした……


 ゼウスに告白されたのが嬉しくて、あなたと付き合えて天にも登るような心地で、なのに真心を向けてくれるゼウスをずっと騙してしまって、正体を打ち明けてられなくて、本当にごめんなさい……


 だけど、ゼウスと一生一緒にいたいと思ったことは本当です! そこだけは嘘じゃないです! 私はあなたを愛しています!


 もしこんな私でも許してくれるなら、私をゼウスの獣人奴隷にしてください! ずっとそばにいさせてください! お願いします!」


 ナディアが一気に告白した後、部屋の中はしんと静まり返っていた。ゼウスは何も言ってくれない。ナディアは怖くて下げた頭を上げられなかった。


「私のことが許せないなら、私を討ち取ってください。愛するあなたに殺されるなら本望です」


 ナディアは涙を流しながら頭を伏せた状態でじっとしていた。


「…………本当なの?」


 どのくらいそうしていたのか、重苦しく絞り出すようなゼウスの声が聞こえてきて、ナディアは顔を上げた。


 見上げた先の、一気に血の気が失せて青白い顔をしたゼウスの表情が、カーテンの隙間からの月明かりに照らされていて、彼がとてつもなく衝撃(ショック)を受けていることが見て取れた。


(ああ…… 傷付けてしまった――――)


 ナディアの胸も抉られるように痛い。


 いっそゼウスと出会わなければ良かったのではないかと、そんな風にも考えてしまう。


「本当です…… ごめんなさい…… ごめんなさい…………」


 号泣しながら謝るナディアに対し、ナディアの告白が真実だと理解した様子のゼウスも、両手で顔を覆って泣き始めた。


 けれどゼウスはひとしきり泣いた後に、自分が脱いだ隊服の上着をナディアの身体にそっと掛けてくれた。


「風邪を引いてしまうよ」


 重要な話し合いをするつもりだったが、現在流れてお互い服を乱している。暖かい南西列島でも春の夜は冷える。ナディアが寒そうだと思ったようだが、ゼウスはナディアが正体を明かした後も、優しさの片鱗を見せてくる。


「あ、ありが…… ううぅっ……」


 ナディアは、ゼウスの心地良い匂いの香る隊服を握りしめながら、彼の些細な思いやりの心に触れただけで、また涙がドバドバと出てきた。


「でも、ゼウスの着るものがなくなっちゃうから、自分の服を着るわ」


「……その前に、何か拭くものを持ってくるよ」


 ナディアを見つめるゼウスがそんなことを言った。

 確かに✕✕✕✕✕だとか✕✕✕✕✕だとかが気になる。ナディアも拭いたほうが良いと思った。


 ちなみに、今ゼウスが暮らしているのは銃騎士隊の寮のようで、この部屋に浴室の類はなさそうだった。


 ゼウスはナディアが頷いた後も何か言いたそうに彼女の身体を見つめていたが、結局何も言わずに、寝台から出て部屋の奥へと消えた。


 途中でゼウスが部屋の灯りをつけたために、暗い部屋の中が明るくなった。ゼウスは濡らしたタオルと、片手に収まるくらいの平べったい小さな小瓶を手にしてすぐに戻ってきた。


 ナディアは謎の小瓶を寝台の上に置いたゼウスからタオルを受け取ろうとしたが、それよりも先にゼウスが拭き始めたので、彼に任せることにした。


「こんなに虫刺されの痕があったら痒くない? アラン先輩の薬箱の中にちょうど良い薬があったから、拭いてから塗るね」


 アラン先輩というのは、ナディアも会ったことのあるゼウスの一期上の先輩だ。パッと見はしっかり者の好青年という感じだが、口を開くと軽快そうな雰囲気の強くなるにこやかな人だ。

 アラン先輩とは、持ち物を勝手に拝借しても怒られない間柄のようだ。そういえば、アランは先輩だが年齢はゼウスと同じだと言っていた。


 しかし今は、ゼウスのルームメイトらしいが現在部屋にはいないアランよりも、他に気にするべきことがあった。


「虫刺され……?」


『そんなものあったっけ?』と思ったナディアは、明るくなった部屋の中で自分の身体を見下ろし―――― 目に入った光景に衝撃を受けて一瞬固まってしまった。


 ナディアの身体には、赤い点々(キスマーク)が――――


 虫刺されといえば虫刺されに見えなくもないが、『こんなの思いっきりキスマークじゃない!』とナディアは思った。


 これを付けたのは、ナディアと遠距離恋愛中だったゼウスではない。


 おぼろげな記憶の中ではあるが、ナディアは、人外級に美しすぎるオリオンの色気漂う柔らかな唇を思い出してしまって、慌てた。


 ナディアは南西支隊から(かどわ)かされて以降、オリオンと接触があった。ナディアから望んだことではないが――――


(これは…… まずい……)


 ナディアは、ゼウスがとてつもなく嫉妬深いことを知っている。


 ただ、ナディアにはキスマークにしか見えないのに、ゼウスの中ではナディアは「善」の存在として思いっきり振り切れているようで、ゼウスにとっては虫刺されにしか見えないようだ。ナディアが他の男と浮気めいたことをしてきたとは全く思ってないのかもしれない。


 ナディアが獣人であることについてゼウスは未だに是も非も言わないが、正体を知った後も寒くないかを気にしたり、虫刺され(違うけど)に薬を塗ろうとしたりして、以前と変わらずにナディアと接してくれる。


 ナディアは、以前ノエルが言っていたように、ゼウスの「特別な獣人」枠に自分が入れたのではないかと思った。


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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