4 夢の通い路
少しR15
(――――この光景は……)
ナディアはあの日あの時の場所に立っていた。開けた地面の上に立ち、目の前には隊服を来た銃騎士――ゼウスがいる。
ゼウスは抜き身の剣を握りしめていた。ゼウスの顔の部分にだけ影がかかっていて、どんな表情をしているのかはわからない。あの時、ナディアを斬ったのはゼウスの意志ではないことはわかっているが、それでも武器を持って自分に対するゼウスの姿を見てしまうと、あの時のやるせなさや悲しみや痛みを思い出してしまって辛い。
ナディアは顔を覆って号泣し始めた。
「……」
ゼウスはあの時のようにすぐに攻撃を仕掛けることはなく、ただ、剥き出しの剣を握りしめたままでその場に立ち尽くしている。
「ナディアちゃん!」
目を閉じて半ば斬られる瞬間を待っていたナディアの耳に、彼の人の声が響く。
「シリウス……」
目を開けると、自分を庇うようにゼウスとの間に立ちはだかる者がいた。黒いフードが外され、これまで出会った中で一番美しいと思う男が顔を現す。
「夢の中にまで現れるな! お前なんか俺の手にかかれば一発で消し炭だ!」
「や、やめて!」
ナディアは叫びながら、手の中に帯電する光の玉を出現させたシリウスを制止させるべく、背後から抱きついた。シリウスはナディアの意図を汲んだのか、光の玉を消して攻撃を中止した。
しかし対するゼウスは間合いに入り剣を振りかぶっていて、シリウスを斬り殺そうとする寸前だった。
ナディアは今までの人生の中で最速の動きを見せた。シリウスの正面に回り込み、彼を守る盾になるつもりでシリウスに抱きついた。
ナディアは叫ぶ。
「ゼウスごめんなさい許して! 私、この人と一緒になりたいの!」
叫び終わったその瞬間、すべての光がブツリと消え、世界が暗転した。
「……ちゃん、ナディアちゃん」
身体を揺すられる感覚で目を覚ます。気付けは自分はシリウスに膝枕されていて、世界中で一番の美貌を誇っていると思う男に心配そうに顔を覗き込まれていた。
地面が少しだけ揺れている。いや、地面ではなくて、今自分がいるのはやや小さめの船の上だ。
確か海釣りをすることになって海に出たのだが、魚が釣れるのを待ちながらのんびりしているうちに、いつの間にかシリウスの膝の上で寝ていたらしい。
「…………大丈夫?」
言いながら、シリウスが優しい手付きで流れる涙を拭ってくれる。
「……来てくれたの?」
シリウスの整いすぎた顔をぼうっと見上げながらナディアは問いかけた。
「行ったよ。夢の中に入るのはあんまり得意じゃないけど、ナディアちゃんが寝ながら泣いてるから、どうしたのかと思って」
シリウスが夢の中に来てくれたと思ったのは何となくの肌感覚というか直感だったが、その考えは当たっていたようだ。
「ナディアちゃん、俺のこと好きでしょ? 俺が一番でしょ?」
「うん、好き」
ナディアは即答した。
自分のことを心底考えてくれて、夢の中にだってどこにだって駆け付けて一番の味方になってくれるシリウスに、泣きたいくらいに胸が温かくなる。
この人の重い付き纏い愛を嬉しいと感じてしまっている。完全に毒された。
「大好き」
泣いた直後だから泣き笑いのようになってしまっているが、ナディアはこれ以上なく幸せそうな笑顔で告げた。
それを見たシリウスの瞳の中に、獣の気配が宿る。
「じゃあナディアちゃん、今から俺と――――」
「え…… あ……」
「大丈夫だよ。本当は治ってる。ごめん嘘ついてた」
シリウスの行動は素早かった。腕に抱え上げられたと思ったら、次の瞬間には魔法で家の中まで移動していた。
「すごい協力してくれてたのにごめんね。怒ってる?」
シリウスはいたずらが見つかった子供のように少しバツが悪そうな表情を見せている。いきなりすぎる展開に戸惑うが、ナディアは首を振った。
「怒ってないよ。治ったのなら良かった」
「俺が何しても許してくれる?」
「全部許すわ。最初に無理矢理しようとしてきたことも全部許す。あなたを愛している」
「…………ありがとう。愛してるって初めて言ってくれたね」
(シリウスが涙ぐんでいる…………)
彼は十二歳の頃からずっとナディアだけを思い続けていたと聞いている。
シリウスは自分一筋だったのにと、そう思うと申し訳ない気持ちになる。
自分はもう決断した。この道でシリウスと幸せになると決めたから――――
「伝わってると思うよ。たぶん」
少しだけ過去に思いを馳せていたナディアに対して、シリウスは彼女の考えを読んだようなことを告げてくる。
「まあ、俺としてはもう、二度と来ないでほしいけど。
これからの人生、ナディアちゃんがいなくても、あいつはあいつなりに何とかやってくんじゃないかな?」