3 秘密の楽園
ナディア視点→シリウス視点
R15
どこまでも広がる青い海、白い砂――――
頭上の太陽は高く昇り、焼け付くような熱さで地上を照らしている。ここは南海に浮かぶ秘密の島だ。
海から吹く潮風が心地よく素肌を――何も着ていないナディアの素肌の上を吹き抜けていく。
「ナディアちゃん♡」
そばにいる極上の男が満面の笑みを見せてくるが、彼もナディアと同じような状況だ。
ナディアとシリウスは、海辺近くの樹木が生え揃う木陰になった場所にいた。下には一応真っ白いシーツを敷いているので、地面に直接触れているわけではないが、ここは屋外である。
ナディアは南の島で、かなり爛れた生活を送っていた。
――あれから、シリウスから男の沽券に関わる打ち明け話をされた後、ナディアは彼の男性機能復活のための協力をしていた。
ナディアはシリウスの婚約者になったわけなのだから、恋人の危機には協力は惜しまないつもりだ。
ナディアはシリウスの求婚を受け入れたが、まだ実際に結婚はしていない。ナディアは獣人なので彼女のための戸籍を改めて作る必要があったが、未作成のままだ。
一度この島にシリウスの弟セシルが訪ねて来たことがあった。
『うちの偏屈おとーさまがさぁ、絶対に子供を作らないなら二人の結婚を認めてもいいって』
シリウスはその言葉に憤怒し、ピシャーン! と空に一発の稲光を走らせていた。
シリウスは結婚したら子供はたくさん欲しいと言っていたので、その条件は飲めるはずがないのだろう。
セシルは、銃騎士隊の仕事――現在はジュリアスがシリウスの仕事を代わっているらしい――もあるからシリウスに早く帰ってきてほしそうなことを言っていたが、シリウスは父親が無条件で結婚を認めるまでは帰らないと抗議を続行していて、シリウスはまだまだ実家に反旗を翻したままだった。
ナディア自身、国内に戻ってゼウスと遭遇してしまうことを恐れていたので、できればしばらくはこのままの方がいい――――
結婚は先延ばしになっているが、シリウスはその代わりのように、ナディアにかけていた『死の呪い』を解いてくれた。
これで里にも帰れるし、ブラッドレイ家の秘密をうっかり口にして死んでしまう危険もなくなった。
シリウスの兄ジュリアスが言っていたように、結婚してナディアがブラッドレイ家の一員になった際には、シリウスは彼女にかけていた禁断魔法は解くつもりだったらしい。
「まだ結婚してないのに、いいの?」とナディアが問い掛けると、信じてるから、とシリウスは優しい眼差しで返してくれた。
ただし魔法の効力がなくなっても、二人の胸に刻まれたハート型の黒い痣はそのままだ。消す方法が全くないわけではなく、光魔法を極めた者の治癒魔法ならば消せるはずという話だった。
しかし今現在、光魔法を極めた魔法使いはいないらしい――――
「屋外で!」と最初に言われた時は、何この変態、と思って少し引いてしまったが、この島には自分たち以外誰もいないし、訪れる者もほぼいない。かなり航路から外れているのか船影すら見なかった。
「もし万が一誰か来ても見られないように魔法は使っておくから!」と拝み倒されて、誰にも見られないならまあいいか、とナディアは願いを受け入れたのだった。
それでも最初の頃は恥ずかしくて抵抗があったが、もう慣れた。それに景色を眺めて風に吹かれ、波の音を聞いていると、自分の心も少しずつ癒やされていくような気がした――
一年前、寝込みを襲われて殴り飛ばした時は、よもやこの男と恋人になるとは露ほども想像していなかった。人生とはわからないものだ。
しかし、シリウスの機能は改善しないままだ。
(いつになったら治るんだろう…… どうしたら治るんだろう……)
ゼウスにしていたのと同じようなことをすれば少しは反応があるだろうかと思ったこともあったが、ためらいがあり未だに実行に移せていない。
ただ最近は――――
「オリ…… シリウス」
恋人になったのだから偽名ではなくて本当の名前で呼んでほしいと言われていて、まだ時々偽名で呼びそうにもなるが、ナディアは彼を本当の名前で呼ぶように定着させている最中だった。
******
「ナディアちゃん…… ナディアちゃん…………」
シリウスは眠ってしまったナディアを抱きしめて名前を繰り返し呼びながら、彼女に口付けていた。
かなり焦れたような瞳でナディアを見つめるシリウスの機能は、回復している。
本当は、病気はナディアと恋人になれたその後くらいに、治っていた。
けれどシリウスは魔法でそのことを隠していた。
シリウスは、辛抱強く待つことを選んだ。
「ナディア、早く落ちてきて……」