1 あなたを選んでもいいかな?
悲恋編「131-1 選択 1」でシリウスを選んだ場合のエンドです
「ナディア! ナディアーーっっ!」
どしゃぶりの雨の中、海を背にして歩いていると、前の方から鬼気迫るくらいの勢いで自分の名を絶叫しているシリウスの声が聞こえた。
ここだよ、と言ってみたが、ずっとしゃべっていなかった弊害であまり大きな声は出ないし、雨の音がすごくてシリウスには届かなかったはずだ。
けれど次の瞬間には目の前に必死な顔のシリウスがいて、彼の広い胸の中に抱きしめられていた。雨の音に混じって、シリウスが号泣している声が聞こえる。
「良かった……! ナディアが生きてて良かった! 何で、何で入水なんてそんなこと…………!」
シリウスはナディアが家を出てからの行動を把握していた。
良かったと言いながらもシリウスの号泣は止まらない。シリウスはナディアのことをすごく心配して、泣いてくれる。
今この瞬間、世界中で自分のことを一番に考えてくれているのは、きっとこの人なんだろうと思った。
「ごめん…… もうしないよ」
ナディアはおずおずと自分もシリウスの背中に手を回して彼と抱き合ってみた。叩きつける雨は冷たいけど、それから守るように包み込んでくれるシリウスはとてもあったかくて、冷えた自分の心と身体と温めてくれているようだった。
シリウスの存在が暗闇に差し込んだ一筋の光のように思えてきて、心の底から安心した。
固まっていた心がほぐれてくると、命を粗末にしないというそんな当たり前のことがわからなくなるくらい、自分は追い詰められていたことに気付く。
「オリオン、今までずっと、あなたのことを親身になって考えてこなくてごめんなさい。あなたの気持ちに応えてこなくて、寄り添おうとしなくてごめんね。
私、あなたを選んでもいいかな? 他の人と番になろうとして、今まであなたのことをちゃんと見てこなかったけど、こんな私でも、あなたのそばにいてもいいかな?」
最初ナディアがここに残ると決めたのは、ゼウスが理由だった。
銃騎士であるゼウスの人生を考えたら、獣人である自分は彼には今後一切近付くべきではないというのが結論だった。
ゼウスと別れるために、自分の気持ちに終止符を打つためにここに残った。
シリウスと一緒になるために、が一番の理由ではなかったはずだった。もちろんシリウスと一緒に過ごしていればその先に番になる展開もあることは覚悟の上だが、それは自然の流れに任せるつもりで、「番になりたい」というようなことを自分から言うつもりはなかった。
しかし、ナディアの口は気付けばその先の展望を述べていた。
自分としてはシリウスを選んだのは消極的選択だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
『君はシリウスのことをただ避けているだけだ。本当はそこまで嫌いじゃないって、君自身も気付いてるんじゃない?』
いつかそんなことをシリウスの兄ジュリアスに言われたが、確かに、彼のことは嫌いではなくて好きの部類に入っていた。
最初は強姦されかかったことや勝手に人生を決められそうになった怒りから避けていて、恋人ができてからはゼウスがいるからと、シリウスに対して自分がどう思っているかはあまり考えないように努めていた。先ほど言ったような愛の告白に近い言葉は、ゼウスと交際していなければきっとシリウスに伝えていたかもしれない言葉だ。
ゼウスを忘れるため、という理由は確かにあるが、でもそれだけじゃない。
ナディアはシリウスからの返事を待った。けれどしばらく抱き合ったまま待っていても何も言ってこない。
あれ、嫌だったのかなと不安になり、シリウスの身体に回した腕をほどこうとするが、彼はナディアに抱きついたまま離れない。
「い…… い…………」
「……『い』、の続きって、何?」
はっきりと返事をしないシリウスに、ナディアは『嫌だ』と拒否されるのではないかと怖くなってきた。すると…………
「いいに決まってるだろぉぉぉぉぉぉっ! 好きだぁぁぁァァァァァァッ!」
シリウスは絶叫したかと思えば手をナディアの肩に移動させてガシリと掴み、こちらの顔を正面から覗き込んできた。
「ナディアちゃん! 俺と結婚して! いや、結婚してください! 全身全霊をかけて一生あなたを守り抜くと誓います! どんな脅威からもあなたを守ってみせます! 俺と一緒に最高に幸せな人生を過ごしてみませんかっ!?」
「は、はいっ!」
気合いの入った求婚の言葉に、ナディアも気を引き締めて了承の返事をする。
すると、見る間にシリウスの顔が、ぱぁぁぁぁと明るくなった。
「やったぁぁぁぁぁぁ!」
「わあっ!」
シリウスはナディアをお姫様だっこで抱え上げると、吹きすさぶ雨風をものともせずにその場でクルクルと回り始めた。
シリウスルートなので、ナディア視点の地の文ではこれまで「オリオン」と言っていたのを「シリウス」に変えています