136 銃騎士隊副総隊長
ナディアは当初の予定を変えて、ゼウスを目撃した駅がある街ではなく、とりあえず列車でさらに二日ほどかかる別の大きな街に移動した。
ロータスたちの家で過ごしている間に前向きな気持ちになれたのに、ナディアはまた気分が沈んでいた。移動中に隊服を着た銃騎士を目にする度に、それがゼウスと同じ背丈くらいの金髪の人物だったりすると余計に、身体中から変な汗が出て動悸がするようになってしまった。
しばらくぶりにゼウスに斬られそうになる嫌な夢も見たが、またあの謎の魔法使いが出てきて助けてくれた。
街に入ったナディアはとりあえず安宿を見つけて、年が明けるまではあまり外に出ずにそこで潜伏することにした。どうしても確認しておきたいことがあって、それがわかるまでは安易に定住地を決めることはできないと思った。
部屋の中で一人、ゼウスのことを思い出して泣いたり後悔しているうちに年が明けて、新年初日を迎えた。一年前にゼウスに出会った日だ。あの頃は、その後に人生で初めての彼氏ができて、色々あってお別れして、一年後に首都とは別の街に来ているだなんて考えもしなかった。
新年で賑わう通りを、急に目の前にゼウスが現れやしないかとびくびくしながら歩く。やがてナディアは新年初日でも開いていた百貨店に入った。書籍売り場を見つけて、本日発売のはずの情報誌を探す。
ナディアの目的は銃騎士隊が発行している機関誌だった。巻頭には選ばれたイケメン銃騎士の写真や、狙ったかのような上半身裸体などの肉体美が載ることもあり、なかなかに売れているらしい。
確かゼウスも数度表紙に載ったことがあると言っていた。ある時、撮影現場に向かったらいきなり脱げと言われて、泣く泣く上半身裸の写真を取られてしまったのだという。二度とするか! とそれっきり機関誌の仕事は一切受け付けないことにしていると言っていた。
ゼウスはすごく嫌そうに語っていたが、ナディアは本を扱う仕事をしていたので、ゼウスには内緒でこっそり取り寄せて手元に置いてお宝にしていた。
それもあのトランクに入れていたから、ゼウスには持っていたことがばれてしまっただろう。
本棚の前で発売されたばかりらしき雑誌の表紙を発見したナディアは、うっ、と思わず唸ってしまった。
表紙を飾るのは仲良く並ぶ二人の銃騎士。一人は誰だか名前は知らないが、ヴィクトリアと同じような艶やかな銀髪に薄紫色の瞳をした、二十代前半くらいに見える中性的な色男だった。
そしてナディアを唸らせた問題のもう一人が、秘密の島で新婚さんみたいな時を過ごしてしまった某魔法使いの兄であるジュリアスだった。あの頃のナディアは茫然自失状態ではあったが、オリオンとナニをしていたかぐらいは理解していた。
兄弟は瞳の色こそ違うが、髪色は同じ白金髪で顔立ちだって良く似ている。二人の違いを強いて言うなら、ジュリアスはオリオンよりも上品そうな雰囲気があるが、オリオンはジュリアスよりもかなり明るくて軽快な感じがある。
久しぶりに美形兄弟の顔を見たナディアは、かなりの罪悪感に苛まれた。
面倒を見てもらったのに、ナディアは島から何も言わずにいなくなってしまった。きっと怒っているだろう。あれだけ結婚してほしいとオリオンはしつこかったが、あれっきり会っていない。きっとあまりの身勝手さに呆れてしまって、ナディアのことは諦めたというか、目が覚めて正気に戻ったのだろう。
もう一度会ってあの陽気な男と話をしたいと思うだなんて、今更虫が良すぎる。
(夢の中の魔法使いは………… 違う。たぶんあれは私の願望だ)
「あったわ!」
機関誌が平積みされている棚の前でぼーっと考え事をしていると、女性の声が響いて横から手が伸びてくる。見れば若い女性の集団がすぐそばにいて、ナディアは押されるように棚の前から少し移動させられてしまう。一人で三冊くらい取っていく人もいて、積んであった高さがみるみる減っていった。
(まずい、なくなっちゃう!)
ナディアもキャーキャー言ってる女性の軍団に負けじと手を伸ばして、残り数冊になっていた機関誌を手に入れた。
ナディアは宿に戻ってから機関誌を広げた。開けた所はちょうど表紙の二人――ジュリアスと銀髪の銃騎士――が対談しているページだった。ジュリアスの記事なんて別に読むつもりもなかったが、何とはなしにページに視線を走らせる。
対談の主題は「これからの銃騎士隊について」だった。銃騎士隊を担う有望な若手二人が銃騎士隊の未来について語り合うという、獣人にとっては何だかな、な内容だった。会話形式になっていて二人はお互いを「ジュリ」「レン」と呼び合っていて、結構仲良しな間柄のようだった。
ページの端の方に二人の経歴が載っていて、ナディアは銀髪の銃騎士の方を見た。彼の名前は「ロレンツォ・バルト」というらしく、公爵家の次男坊で銃騎士隊副総隊長という肩書きが載っていた。既婚とも書いてある。若いのにこの人銃騎士隊の偉い人じゃないかと思った。
ロレンツォの方がジュリアスよりも三歳ほど年上であるようだが、二人は同期で親友でもあるらしい。
(親友…………)
ナディアは次のページをぺらりと捲った。そこには記事をまとめた記者の文章が載っていて、高齢に差し掛かっている今の総隊長が退役した際には、ロレンツォが次代の総隊長になり、ジュリアスが彼の地位を継いで副総隊長になるのではないかという予想が立てられていた。
ナディアはページを繰っていく。そのうちに女性が好みそうな見出しで「銃騎士隊員ランキング」と書かれたページに辿り着く。
「男前な銃騎士ランキング」一位は、言わずもがなジュリアスで、二位はロレンツォだった。一緒に過去五年間分くらいの順位も載っていたが、ずっと一位はジュリアスで二位はロレンツォだった。
他にも「好きな銃騎士」とか「結婚したい銃騎士」とか、「抱かれたい銃騎士」だとかまであって、結構下世話な方向のランキングも載っていたが、過去の分も引っくるめてその全てで一位がジュリアス、二位がロレンツォだった。二人のその順位はずっと不動のようだった。
ナディアは改めて表紙に戻って二人をまじまじと見た。銀髪の銃騎士も女の人みたいに結構綺麗な顔をしてるのに、存在感などの全てをジュリアスに持っていかれている感じはあった。
宗家第二位バルト公爵家の次男ともあったし、この人は二番手になるのが宿命みたいな人だろうか? とナディアはぼやっと考えてから、もう一度機関誌を開き直して目的の情報が載っているページを探した。
本当はナディアが真っ先に知りたかったのはジュリアスやロレンツォという人のことではなくて、新年で変わる銃士隊の人事異動についてだった。一般には新年の初日に公表されるはずなので、この機関誌にはゼウスが異動したかどうかの情報が載っているはずだと思った。
たまたま休暇か何かで南西列島を離れていただけなら遭遇する確率は減るだろうが、新年度で異動していたとするなら、注意しなければならない。もしも南西支隊から別の隊へ動いていたなら、その地区には絶対に近付かないようにする。
お願い南西支隊勤務のままでいて! とナディアは祈ったが、願い虚しく異動者の名前の中にゼウスの名を発見してしまった。
「ゼウス・エヴァンズ…… 三番隊…………」
最悪だ、とナディアは思ってしまった。ゼウスと付き合っていた頃、花形部隊の三番隊については聞いたことがあった。三番隊は首都近郊が守備範囲ではあるものの、他の隊の補佐役も兼ねているため、全国各地どこへでも出張するらしい。
つまり、ゼウスに見つかる確率が格段に上がってしまった。どこへ行ったって、ゼウスに見つかる危険性は一律に同じだ。
いつまたゼウスと会ってしまうかは、神のみぞ知るということか――――