表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/244

13 黒歴史

※風味付け程度のBLがあるので苦手な方はご注意ください


ゼウス視点

 街路の人々に囲まれて馬に乗りパレードの先頭を務めながら、ゼウスの心は新春を祝う雰囲気とは真逆の位置にいた。異動が駄目になったことはゼウスを打ちのめしたし、好きでもない女性にベタベタされて危うくデートする羽目になりそうだったことも最悪だった。パレードの時間が迫っていたためにレインが迎えに来てデートのことは有耶無耶になったが、シャルロットはおそらくパレードが終わり次第再びゼウスの元に現れてデートを迫ってくるに違いない。


 何もかもが憂鬱すぎる。


『ゼウス君、シャルロット嬢が嫌なら早めに別の人を探すに限るよ』


 隊長は隊長でその場を離れる直前、シャルロットには聞こえないようにそんなことをこっそりとゼウスに耳打ちしてきた。ゼウスがシャルロットを苦手にしていることはジョージもわかっているのだろう。わかっているのならばシャルロットを焚きつけるような真似はやめてほしいと思った。あの人は何がしたかったのだろう。


 とにかく、確かにこの環境を少しでも変えるには本当に恋人を作った方が良いのかもしれないと思い始めるが――――


「ゼウス」 


 先程からゼウスが一言も発していないので、隣で馬に乗っている美青年が声をかけてくるが、声に甘い響きが含まれているような気がして一瞬どきりとする。見返した相手の表情がいつも通りだったので、ゼウスも何食わぬ風を装う。


「せっかくの新年の祝いなんだからもう少し楽しめ」


「そうですね。これが最後の任務になるかもしれませんしね」


「ゼウス、あんなご令嬢が理由で辞めるなんて馬鹿げているぞ」


 案の定レインは引き止めてくる。そう言えば引き止められることはわかっていた。甘えているのかもしれない。


「時々いるよな、ああいう手合いは。女には女の事情があるんだろうが、こっちにだって事情はある。振り回されないように適当にあしらって捌いていけばいい」


 そう言えばレイン先輩は女のあしらい方が上手でしたね、と言ってしまいそうになって黙る。レインの事情にはあまり首を突っ込みたくなかった。


 レインには男色家の噂があるが、たぶん本人が意図的に流していると思われる。ゼウスはそれが真実ではないことを知っていた。


 ゼウスの脳裏に、あの日の記憶が蘇る――――






 銃騎士新人一年目のゼウスは疲れ果てていた。獣人との戦いではなく、主に対ご婦人方との攻防においてだが。

 ゼウスは女性に言い寄られることが他の隊員に比べて格段に多かった。護衛対象に秋波を送られるのはもちろん、さりげなく身体を触ってきたり、ここが痛いと言ってはゼウスに胸やら局所を触らせようとしてきたり、わざと倒れられて部屋に運べは自分と関係するよう迫ってくる者もいたし、護衛対象の自宅に控えていれば仮眠中に夜這いを仕掛けてくる者までいた。


 性に奔放であれば天国のような環境だったかもしれないが、ゼウスはそうではなかった。心の中にはまだ死んでしまった恋人がいたし、それに仕掛けてくるのは伴侶を持っていない令嬢だけではなく、婚約者や恋人が別にいたり、既婚者だったり、時には孫までいるような相手もいた。彼女たちは恋愛遊戯を楽しみたかったのかもしれないが、ゼウスはそれまで二年間の訓練学校時代をみっちり男所帯で過ごしていたこともあり、生活の激変ぶりについて行けなかった。


 ゼウスは故郷を襲った獣人を狩ることを目標に、人々を守ることも使命と思い銃騎士になったが、一番隊に配属されてから獣人と戦ったことなど一度もない。


 その日も三日間連続で別々の護衛対象の自宅にて夜這いを仕掛けられ、何とか撃退したものの精神的にこれ以上の任務続行は不可能と判断し、ゼウスは体調不良を理由に残った隊員に現場を任せて銃騎士隊の詰め所まで戻って来ていた。姉と住んでいる都内の自宅まで帰る気力が無く、とにかく詰め所の仮眠室で横になろうと思っていた。


 ゼウスはその時、とある男に詰め所に入って行く姿を目撃されたことに気付いていなかった。


 廊下には仮眠用の小さな部屋の扉が幾つか並んでおり、真夜中の廊下を進めば通りすぎた仮眠室の一室から嬌声が漏れ聞こえてくる。別の隊員が女を連れ込んでいるようだった。


 ゼウスはため息を吐いた。


 ゼウスはお楽しみ中のその部屋から一番遠い部屋に入った。仮眠室には鍵が無い仕様になっている。寝台に横になろうと隊服の上着を脱いでいると、無遠慮に仮眠室の扉が開かれた。


 立っていたのは泣いた後のように目を充血させて暗い顔をしたレインだった。


「先輩?」


 レインは、ゼウスが敬愛していた銃騎士隊の先輩であり姉の恋人だったアスターと仲が良く、レインとアスターは親友のような間柄だった。二人は訓練学校時代のゼウスの一期先輩であり、それなりに交流も持っていた。どちらかと言えばゼウスはレインよりもアスターを慕っていたのだが、訓練学校時代にアスターから「切れる刃物」と称されていたレインも、ゼウスだけには特別優しくしてくれて、ゼウスはアスターと同じくらいレインとも仲が良かった。


 レインはアスターがいなくなってから失意のゼウスを励ましてくれたりもした。


「ゼウスっ!」


 扉を閉めたレインはゼウスの名を叫ぶといきなり突進してきて、ぽかんとしていたゼウスを寝台に押し倒した。倒されたゼウスは一体何が起こったのかと驚きながらも、レインから大量の酒の匂いを嗅ぎ取っていた。


「レ、レイン先輩? どうしたんですか?」


 レインはゼウスを押し倒したままゼウスを見下ろして泣いている。


「『彼女』が、浮気をしたんだッ!」


『彼女』というのはレインの思い人のことだ。レインは『彼女』に操を立てていてこれまで女遊びはおろか誰とも交際したことがない。


 訓練学校時代、班を構成して数日に渡る厳しすぎる訓練が終わった後、つかの間の休みに仲間同士で娼館に行くぞと盛り上がることもあったが、上下関係の厳しい訓練学校では先輩に言われれば断れなかったりするものだった。しかし、毎回レインが思い人がいることを理由に「俺はやめとく」と言ってくれるおかげてゼウスもあまり和を乱すことなく断ることができて助かっていた。


 たが、レインの『彼女』の正体はずっと謎に包まれていた。以前レインと一番仲の良いアスターに「レイン先輩の好きな人って誰なんですか?」と聞いた所「俺も知らん」という答えが返ってきた。


 レインに聞いても「なかなか会えない場所に住んでいる」としか言わないそうで、外国の人か、もしかしたら「想像上の『彼女』」なのではと揶揄る者もいた。


「『彼女』が俺以外の男を好きになってしまったんだ! 俺がこんなに愛しているのに! ちくしょう! 俺だって浮気をしてやる!」 


 レインは『彼女』と上手く行っていないらしい。


 酒の勢いもあるのだろうが、どちらかと言えばレインはいつもは冷静で、こんな風に激情を表に出したりはしない。かなり取り乱しているようだ。


「頼む! ゼウス! ヤらせてくれ!」


「いや無理無理無理無理! 無理ですから!」


 ドン引きのお願いだった。訓練学校は男所帯だったのでそういう話を聞かなくもなかったが、何が悲しくて三日連続で女に襲われた後に男に襲われなければならないのだろう。


「先輩! 気を確かに! 俺男なんですけど!?」


「そんなことは知っている! 大丈夫だ! お前とならヤれる気がする!」


「あんた馬鹿ですか!! 無理に決まってるでしょうが!」


 ゼウスがレインから先輩への敬意を捨て去った瞬間だった。


「先輩ってまさか噂通りそっちだったんですか?!」


「違う! それは断じて無い!」


「じゃあ何で俺なんですか! 先輩なら女なんて選り取り見取りでしょうに!」


「女はアウトで男はセーフなんだ! たぶん!」


「意味がわかんないですよ!」


「お前の顔が俺の好みなんだ!」


「やめてくださいよ! 俺そういう趣味無いんで! 本当に勘弁してください!」


「俺だって無いぃぃぃーーー」


「じゃあ何で?!」


 男は趣味じゃないと言いながら男を襲って来る行動が滅茶苦茶だった。


 ゼウスは抵抗を試みたが当時十五歳のゼウスと十八歳のレインでは体格差もありガッチリと抑え込まれてしまった。結局、服を脱げという先輩命令には逆らいきれずに、姉さんごめんなさいと思いながら泣く泣く上のシャツを脱ぐはめになったのだが、現れたゼウスの胸板を見たレインは号泣し始めた。


「な、無い…… 膨らみが無い……」


 レインは驚愕したように手の平でペタペタとゼウスの締まった胸板を触りながら、女性特有の膨らみが無いことを確認している。


「あるわけないですよ。男なんですから」


 レインは再び大号泣をし始めた。


 その日、ゼウスの貞操が破られることはなかった。


 翌日、自宅の玄関の扉を開けると、二日酔いで最悪な顔色をしたレインが玄関先に立っていた。警戒して身構えるゼウスに、レインは「すまないどうかしていた」と言って土下座した。ゼウスは「許すつもりはないし先輩後輩の縁を切る」と通告した。

 レインは「もう二度としないから許してほしい、許してくれるまでこの場所を動かない」と言ったが、ゼウスは土下座したままのレインを放置して出勤した。


 その後、ゼウスは姉のアテナによって仕事場から自宅に呼び戻された。


 姉の取りなしもあり、「二度目はありません、今度やったら死んでください」という条件をレインが呑んだので一応の手打ちとはなったのだが、レインと心の距離は生まれた。


 その後レインとはぎくしゃくするかと思ったが、ぎくしゃくしているのはゼウスだけで、レインはそれまで通り至って普通だった。


 身構えているのが自分だけなのが何だか悔しくて、ゼウスも努めて普段通りに振る舞うようにはしている。だが、ゼウスは以前と全く同じようには接することができなくて、レインに対する苦手意識のようなものまで生まれている。ゼウスとは違い、あの事件があった前と後とで態度が全く変わらないレインの方が上手なのだろうなという気は何となくしている。


 レインは以前と変わらずにこちらを気にかけてくれる先輩ではあるが、(いわ)く付きの先輩でもある。危うく黒歴史を作る所だった。


 もしかしたらあのままどうにかなっていた未来もあったのだろうかと思うと笑えない。






 ゼウスは昨年にあったその重大事件を思い出しながら、何となくという風を装って横を向き、レインの顔を見た。レインはこちらを見ながら端正な顔に笑みを浮かべていて、つられてこちらも笑んでしまいそうになるのを意地で耐える。


(それまでむすっとしていたのに、笑顔になるきっかけが先輩の笑顔だなんておかしいじゃないか)


 あの時平らな胸を見て悲しんでいた先輩が、自分へ向ける優しさや好意は後輩を思う純然たる思いやりだけで構成されていて、自分もこれから先それ以上踏み込むことはないと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ