131-1 選択 1
「……あなたは誰……?」
ナディアは海に腰まで浸かった状態のまま、突然現れた見知らぬ女に尋ねた。女は人間だが、獣人の男と番った匂いがしていて、興味を引かれた。この人はいわゆる『悪魔の花嫁』だ。
「私はあなたの『姉』よ」
そう言われて、一番最初に脳裏に浮かんだのは、里を連れ出された日に最後に会った美しい異母姉のことだった。
この人は自分よりも年上に見えるし、『悪魔の花嫁』であれば、獣人である自分は彼女にとっては妹のような存在なのかもしれないと思った。
それよりも、ナディアはもっと先に気にしておくべきことに気付く。この島は海の何もない場所にオリオンが作り出した島で、彼と自分の二人以外は誰もいなかったはずだ。
「あなたはどうしてここにいるの?」
「そうね、少しお話をしましょうか。でもその前に海から出たら? 風邪を引くわよ」
彼女がそう言って手をこちらにかざすと、自分と彼女の間にあった海水がさーっと左右に引いていく。
砂底が見えて、一本の道みたくなった。
「……」
(……なんか、すごい)
海から出ると、彼女が魔法を使ってナディアの濡れた服を乾かしてくれた。
彼女はマグノリアと名乗った。魔法が使えるが、オリオンたちブラッドレイ家の仲間ではないと言った。
「私がここに来たのは、あなたの様子を見ていたからよ。
あなたが拐かされた銃騎士隊南西支隊での騒ぎなんだけど、私何もやってないのに、全部私のせいにされてるらしくて。
女色の気があるとか加虐趣味があるとか、言いたい放題言ってくれちゃって。流石に私もちょっと頭に来ちゃって、そこまで言うなら本当に攫ってやろうかしらって、あなたの様子を見始めたのだけど…… 注意をしておいて良かったわ。
せっかく生まれてきたのに、こんな真夜中に海の藻屑として消えようとするなんて、すごくもったいないわよ」
言われて、ナディアは下を向く。止めてもらったことに感謝しなければいけないのだろうが、それで良かったとは言えない。愛していた人にあんな酷い形で裏切られて、拒絶されて―― ナディアは生きる希望を失くしてしまったのだ。ナディアはただ、何も感じることのない世界に行って、楽になりたいと思ってしまったのだ。
「そんなに落ち込まないで。あなた、嵌められたのよ」
『真眼』という不思議な魔法の力を持つマグノリアは、ゼウスが斬り付けてきたあの事件の真相を教えてくれた。
ゼウスはナディアの正体を聞いて抜刀こそはしたが、彼が自分の意志で動いたのはそこまでだった。そこから先は、オリオンの父アークが魔法を使ってゼウスの身体を操り、ナディアを斬り付けさせた、と。
「それは……」
「本当よ。証拠はあなたが今もまだ生きていること。
アークはあなたを殺してしまうつもりでゼウスを動かしたようだけど、ゼウスが抵抗したのよ。
斬り込みが浅く絶命には至らなかった。
だからあなたは今も生きている。
念動力に逆らうのってすごく力とか胆力とかが要るから、本当に大変なことなのよ。逆に言えば、ゼウスはあの時必死であなたの命を繋ぎ止めたのね。あの時のゼウスは、あなたを斬るつもりなんて本当に全くなかったのよ。信じてあげて」
ナディアの目から涙がぽろぽろと出てきた。
「……そう、だったの…………」
マグノリアの証言だけではあるが、ナディアはその言葉を信じた。
(裏切られたと思っていたけど、そうではなかった…………)
「今のゼウスはあなたが獣人だとは納得していない様子よ。あなたとゼウスは、他からの横やりが入らない状態で、一度きちんと話し合った方がいいと思うわ。
ゼウスは私の親友の弟で、知り合いなの。あなたが望むなら、二人で話す場を設けることもできるはずよ。どうする? 不安があるなら私も一緒に付き添ってもいいわ」
マグノリアはゼウスとの間に入ってくれるようだ――――
「どうしてそこまでしてくれるの……?」
「言ったじゃない。『姉』だからよ」
マグノリアの夫である獣人は、父の長子ロータスなのだと言う。つまりナディアは、マグノリアにとっては義妹にあたるらしい。
(ロータス…… ロータス…………)
その名前、聞いたことがあるような気はするがはっきりしない。戦闘能力の低い父の長男が里から出て行った話は聞いたことはあるが、名前まではうろ覚えだった。
「でも、ずっと人間社会で生きているのね…… すごいわ」
自分は一年くらいで正体がばれてしまったのに、まだ見ぬ兄はそれ以上の期間を里の外で過ごしているのだから、単純にすごいと思った。
「私が出会う前までは自然の中で暮らしていて、かなり野性味があったけどね」
今はマグノリアの魔法で人間に擬態して暮らしているそうだが、マグノリアに会うまでのロータスは人里にはほとんど近付かず、山とか森の中で暮らしていたらしい。
「なるほど」
ナディアは、そういう方法もあるのかと感心した。
「言っておくけど、女の子にはお勧めしないわ。髪の毛は伸び放題だし、髭はもじゃもじゃよ?」
「うーん……」
髭は生えないけど髪の毛がボサボサなのはやだなとナディアは思った。
「……人里から離れて暮らすことを考えてしまうってことは、ゼウスには会わないってこと?」
その質問にナディアは黙ってしまった。本当はゼウスに会いに行きたい。獣人であること、それから騙していたことをもう一度謝って、捨てないでと縋り付きたい。
けれどナディアの中では、このまま別れた方がお互いのためではないかという思いも生まれていた。
「それとも、ここに残ってシリウス・ブラッドレイと一緒になる?
私はそれでも構わないわ。お互いに気持ちの整理は必要かもしれないけど、きっと時間が解決するでしょう。あなたももう身投げしようなんて馬鹿なことは考えないでね。
シリウスを選ぶのなら、私は何もせずにここから去るわ」
どうなるかわからないけどゼウスに会いに行くか、それともここに残ってシリウス――オリオンと番になるか――――
選択を突き付けられたナディアは――――――
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