127 疑問解消せず
少しだけBLあり
ハロルド視点
ハロルドは支隊本部の集会室で雑魚寝中だった。
集会室は学校でいう所の体育館のような場所であり、隊の活動以外でも、島民の避難所として使われることもあるかなり広い部屋だ。
現在はゼウスを中央に置き、その周りを囲むようにハロルド、フランツ、リオル、ショーンの寝床が四方に位置していた。
最初はこの輪の中にカイザー副支隊長もいたが、あまり長く持ち場は離れられないと、自分の担当する島へ帰ってしまっている。リオル副官は貸し出し中だ。
しかし現在フランツ支隊長の寝床は無人である。なぜかというとハロルドの寝床にフランツが侵入して寝入っているからだ。就寝時は別々のはずなのに毎夜気付けばいつもこれである。今も美形支隊長に背後から抱きしめられているという非常にマズイ状況で眠りが浅く、ハロルドは明け方頃にはもう目が覚めてしまっていた。
「ちょっと止めてください」とか「狭いので」とか理由を言っても狸寝入りを決め込むのでどうしようもない。ハロルドは最近のフランツの行動には本当に本当に困っていた。
そもそもなぜそんな所に寝具類を持ち寄り雑魚寝していたかといえば、アーク二番隊長の助言があったからだった。
雷少女――正体はブラッドレイ家の次男シリウスだと思うが――の再度の襲撃によりゼウスが殺される可能性があるので、守るようにと言われたのだ。
アークは雷少女が自分の息子だとは認めなかった。アークは、「アレは不思議な力を持つ『魔女』であるマグノリア・ラペンツ男爵令嬢だ」と言い張った。
その令嬢の名前はハロルドも知っていたが、確か彼女の二つ名は『聖女』だったはずなのに、アークは真逆のことを言う。
マグノリアには女色の気があり、今回はゼウスの恋人に目を付けて攫ってしまったのだろう、とアークは言った。
それに反発したのはゼウスだった。マグノリアはゼウスの姉アテナの親友であり、ゼウスとも昔交流があった。確かにアテナとマグノリアは一緒に風呂に入ったり一つの寝台で眠ったりなどして仲は良かったが、二人はそのような関係では決してなかったとゼウスは語った。
何よりも故人であるし、そもそも黒髪黒眼の容姿をしていたとしても、あの少女はゼウスの知っているマグノリアの顔ではなかったという。全くの別人だったとゼウスは主張した。
ゼウスは雷少女があの鍛錬場に現れた時に、その姿が一瞬だけ白金髪の美しい青年の姿に変わったのを見たとアークに言った。彼の顔は友人のノエルに似ていたし、何よりノエルの兄ジュリアス隊長代行によく似ていた。年齢からしてあなたの二番目の息子ではないのかと、ゼウスは燻る疑問を真っ直ぐにアークにぶつけていた。
アークは食って掛かるような様子のゼウスに顔色一つ変えることもなく、「これは機密事項だが」と前置きした上で、魔法の存在を明かした。
けれどその情報は限定的なもので、専属副官になった時にハロルドも教えてもらった内容の全てではなかった。アークは自身も魔法が使えることは話さなかった。
アークはマグノリアは生きていると断言した。彼女の持つ力は本物であり、魔法の力によって自らの見た目を変えることができると言った。茶髪から黒髪へ、少女から青年へ――自分の息子に似た容姿に変化することも可能だと。
「もしかすると全ての罪を俺の息子に擦り付けようとしたのかもしれないが、俺がいることに気付いて止めたのだろう」
アークはそう言った。
「ではなぜあの時あなたは、父さんと呼ばれたのですか?」
「昔ジュリアスと魔女に婚約話が出たことがあってな。結局はこちらが平民だという理由で成されなかったが、その頃の名残で魔女は俺を父と呼んでくることもある」
「そんな話、マグナからもノエルからも聞いたことありませんよ……」
「繊細な話だからな。取り立てて吹聴するようなことでもないだろう」
ゼウスは納得がいかない様子だったが、魔法の存在があれば、あの時起こったことのほとんどに説明がついてしまう。
ゼウスはメリッサを斬った時は身体が勝手に動いたのだと言っていた。
獣人であるというメリッサの告白に確かに動揺し、一瞬頭に血が登って抜刀まではしてしまったが、斬るつもりなんて全くなかったとゼウスは強く主張したのだが――――
その主張もアークに言わせれば、「魔女の魔法によるものだ」となってしまう。「魔女には加虐趣味もあり、魔法でゼウスの身体を操って女を痛めつけたかったのだろう」と言った。
「下手をしたら連れ去られたメリッサ嬢はもう死んでいるかもしれないな」とまでアークは言い始めた。
ゼウスはアークの話を聞きながら、ずっと苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
ハロルドは現在、背中にフランツを張り付かせた状態で眠るゼウスを見つめていた。視線の先にいるゼウスはこちらには背を向けている。
あの日、メリッサを連れた雷少女とアークが鍛錬場の外へ出て行ってしまった後、ゼウスも彼らを追いかけようとしていたが、危ないからと駆け寄ってきたショーンを始めとした支隊の面々に止められていた。
一方のハロルドは、彼の名前をひたすら叫びながらやって来たフランツに抱えられて、本部建物内の空き部屋へと拐かされていた。
ハロルドは必要以上に心配するフランツの手により、「全身の状態を確認する!」と言われて隊服を乱された。
最終的には申し訳ないと思いつつ顎の下を一発殴って支隊長を昏倒させことで脱がされ行為は止んだが、目を血走らせたフランツにより剥かれた胸板を凝視されまくった後だった。
その後くらいからフランツにちょっかいを出されるようになり、ハロルドは頭の痛い問題を抱えていたが、それはとりあえず脇に置いておく。
直後のゼウスの様子はショーンやアランたちから聞いただけだが、ゼウスは恋人を手に掛けたことに激しく動揺して泣いていたと言っていた。
ゼウスは身の上に起こったありのままをショーンたちに訴えていたそうだ。
自分の身体が勝手に動き恋人を斬ってしまったこと。
その後現れた少女の姿の中に青年の姿を見たこと。
その青年がブラッドレイ家の長男と三男に似ていて、彼の正体がブラッドレイ家の次男シリウスなのではないかという考察。
結婚の約束もした自分の恋人がその男に連れ去られてしまったという懸念。
恋人はどうなったのか、身体は本当に治ったのか――――
それから――――自分は全く信じていないが、恋人が自らを獣人だと称した『告白』のことを…………
ゼウスは、メリッサが獣人であることを信じていなかった。
ハロルドだって、彼女の告白だけではにわかには信じ難い。
その後、アークの方からゼウスに話が聞きたいと持ちかけられたこともあり、支隊長たちも同席して場が設けられた。
ゼウスは自分の恋人を攫ったのはアークの息子だという疑惑があったようだし、ハロルドもたぶんそうではないかと思っていたが、結局、アークからは肝心なことはほとんど聞き出せなかった。
そして、鍛錬場で起こった騒ぎは、マグノリア・ラペンツが引き起こしたことだという結論付けがなされてしまった。
『聖女』については不思議な力を持っていたと知る者もいた為、雷少女を目撃していた隊員たちもその多くが「なるほど」と納得してしまった。
連れ去られた娘については二番隊で捜索に当たることになり、ゼウスはメリッサの婚約者でありながら、彼女の捜索の蚊帳の外に出されてしまった。
――――おかしい。何もかもがおかしい。
アークが話を切り上げた後、ゼウスは悔しそうにそう呟いていた。
マグナはアテナたちが呼んでいたマグノリアの愛称です。