125 検証
レイン視点
「大変なんだよ! シー兄が人を殺そうとしてる!」
弟を前にして穏やかそうな表情だったジュリアスの顔に、一瞬で緊張が走った。
次の瞬間、レインの頭の中に今目の前で見ている光景とは別の絵が映り込んでくる。その動く絵の中では、後輩のゼウスと、ゼウスの恋人であるはずのメリッサ――本当はシドの娘である獣人ナディア――が広場のような場所で向き合って立っていた。
これは『過去視』だ。このように頭の中に鮮明な光景が映し出される現象を、レインも以前に血反吐を吐くような思いで経験したことがある。だからわかった。セシルが『視た』光景を、魔法を使って他の者の頭の中にも映し出しているのだ。
『ゼウス、今まで騙していてごめんなさい。私…… 私、本当は――――――獣人なの』
『ゼウス、私…… あなたの奴隷になりたい。あなたとこれからもずっと一緒に生きていきたい』
ナディアの告白が聞こえてくる。ゼウスは無言のままだったが、憎しみに染まった表情で抜刀して剣をナディアに向けた。けれどゼウスの表情が憎しみに満ちていたのは、本当に少しの間だけだった。
ゼウスの身体が動く。ゼウスの表情が驚きに包まれて、それから、今にも悲鳴を上げそうな、泣き出しそうな表情に変わった後――――ナディアを袈裟懸けに斬り捨てていた。
「ゼウス……」
レインは呻いていた。おそらく同じものを見せられているジュリアスも険しい顔になっているが、『過去視』を見せられていないらしきフィーは、様子のおかしい二人に困惑顔だ。
『嫌だっ! メリッサ! メリッサぁっ!』
すぐにゼウスが叫び出していて、その様子は軽く錯乱しているようにも見えた。ゼウスはナディアに手を伸ばしていたが、それは害する為にではなくて、明らかに助けようとしているようだった。
けれどそれは叶わない。広場に落雷が落ちて、本来の青年の姿と、茶髪の少女の姿が二重見えるシリウスが現れた。激しい憎しみに満ちた表情のシリウスはすぐにゼウスに魔法攻撃を仕掛けていた。攻撃が当たる寸前でハロルドが避けさせていたが、鬼のようなシリウスの雷攻撃は止まらない。ギリギリかわしていくゼウスとハロルドの二人はシリウスに殺されかかっていた。
「シリウスのクソ馬鹿がっ! 早く助けに行かないと!」
シリウスが後輩二人を本気で殺しかけている光景を見たレインは慌て出す。
「あーっと、これは何日か前の絵だから大丈夫――――まあ、今もアレだけど、この時は父さんが止めたから誰も死んでないよ」
確かに、シリウスの雷の大剣が二人に迫った所で、彼ら兄弟の父親である二番隊長アークが止めに入っていた。
「……セシ、もう一度、エヴァンズが彼女を斬った場面を見せてくれないか?」
「流石ジュリ兄。わかってるね」
セシルはジュリアスの要請に応じて、ゼウスが剣を抜いてからナディアが倒れるまでの場面を、もう一度頭の中に投影させた。
「ゼウスの身体の周りの空間が僅かに歪んで見えるな……」
「…………魔法が使われた痕跡だ。セシの『過去視』を通しているからレインにも見えているが、一般人にはわからないだろうな」
「つまりは、ゼウスは魔法で操られて彼女を斬ったということか?」
「そうなるな。エヴァンズが彼女を斬ったのは、本意ではない」
誰がこの惨劇を仕掛けたのか、レインもジュリアスも口には出さなかったが、頭の中には同じ人物を思い浮かべていた。
「……シリウスの姿が黒髪の女の子の姿とダブって見えるのはなぜだ? 最初は茶髪だったのに、黒髪に変わっているのも少し変だ」
続く『過去視』の光景を見せられながら、レインが思案顔で気付いた点を指摘する。
「二重に見えるのはシーに姿替えの魔法がかかっているからだ。元の姿も合わせて視えるのは、この術がセシが使う『過去視』だからこそだ。もし俺が『過去視』を使ったとしても、シーの姿は少女の姿としてしか映らない」
レインの疑問点をジュリアスが説明する。
「髪の色が違うのは、我らが冷徹策士アークお父様のせいだよ。この時の騒ぎはシー兄じゃなくて、黒髪黒眼の容姿として知られている『真眼』の魔法使いがやったってことにしたかったみたい。目撃者は銃騎士隊の者たちだけだけど、あんな大立ち回りをしたから、とりあえず誤魔化したかったんだろうね」
やがてシリウスはナディアを抱えたまま逃げ出し、その後をアークが追い始めた所で『過去視』は終わった。




