124 大変
レイン視点
「大変大変大変だよーっ!」
まだ夜も開けきらない早朝、キャンベル伯領の中でも一番大きな都市にある銃騎士隊詰め所の一室に、少し慌てたようではあるが、鈴を転がすような少年の美しい声が突如として響き渡った。
その部屋は獣人による大規模な襲撃の応援に駆け付けた二番隊長代行とその副官のために用意されていた特別室だったが、本来使用するべき二人以外にもなぜかしれっとレインもいて、ソファの上で熟睡していた。
昨夜は日付を跨ぐほどに勤務時間が押してしまったレインは、報告のためにジュリアスの元に訪れた後、座り心地の良すぎるソファの誘惑に負けた。少しだけ横にならせてくれと言った後に、レインは深い眠りに誘われてスヤスヤと寝入ってしまった。
横になる前、こちらを見つめていたフィー――フィリップ副官――の顔には、「ネルナ、ハヤクデテイケ」と恨みがましそうに書いてあった気がしたが、出来た上官であるジュリアスがレインに上掛けをかけてくれたので、その優しさに甘えてこの時間まで休んでいた。
ところが、叫びながらセシルが瞬間移動で現れた場所は、眠るレインの身体の上だった。
「ぐえっ!」
無防備に寝入っていた所にいきなりドカリと重りが乗ったのだから、カエルが潰れたような声を出してしまったのは自然の成り行きだろう。
「あー、ごめんごめん。間違えた。こっちじゃなかった」
間違えたと言うわりには上に乗った少年はすぐには退かず、一度レインに目が覚めるようなきつめの力で抱きついてから、「ジュリ兄~!」と標的を彼の長兄に変えてレインの上から降りた。
無理矢理起こされたレインは、間違いじゃなくて絶対にわざとだなと確信し、額に青筋が浮かびそうになっていた。レインは寝起きの不機嫌すぎる状態で、突然現れた憎きセシルを見つめた。
セシルは、既に騒がしい声で目覚めていたらしいジュリアスに抱きついていて、寝台上の兄の腕の中にひしっと収まっていた。セシルの抱き付き方はレインにしたものよりも柔らかいようで、ジュリアスはレインのように苦悶の表情になることもなく、胸に飛び込んできた弟を抱きしめ返して、頭まで撫でていた。
隣の寝台で眠っていたフィーも、うるさいセシルのせいで目覚めたようで上半身を起こしていたが、襟足あたりまでの長さの髪は少し乱れているし、瞼は完全には開いていない。まだ眠そうな様子で目のあたりをこすっていた。
フィーは、まさに寝起きです、と一目で丸わかりな状態だったが、ジュリアスは本当に寝起きなのか? と思えるくらいに本日も朝一から神々しさを発揮していて美しかった。彼は自分たちとは生きる世界の違う、別次元からやってきた美の生命体のようだとレインは一瞬思ってしまった。
「セシ? どうした?」
抱きついたまま離れないセシルに、ジュリアスがこれまた外見によく似合う涼やかな美声で問いかけている。
「そうだった! ジュリ兄を堪能している場合じゃなかった! 大変なんだよ! シー兄が人を殺そうとしてる!」




