121 抱けない
R15注意
シリウス視点、寝取られ風です
シリウスはナディアの身体を抱え、建てたばかりの家の中に入った。
こんな海上のど真ん中には誰も来ないから、少し汗ばむ陽気のために窓は全開にしてある。窓からは明るい陽の光が差し込んでいた。
シリウスはナディアの服に手をかけた。ナディアは目を開けているが、全く抵抗しない。
これからシリウスはナディアと番になる。彼女が正気に戻れば激怒間違いなしだろうが、そんなことは知ったことかと思った。
(ナディアの心も身体も人生も、彼女の全ては俺のものだ。俺と番になってそのことを思い知ればいい)
ナディアに自分の存在自体を知られたのは最近だが、シリウスはずっと彼女だけを愛して見つめ続けてきた。
(こっちは十二歳の頃から六年間も彼女一筋でやってきたのに、今更ポッと出の顔だけ野郎に持っていかれるなんておかしい。
確かに強姦未遂をしたせいでナディアには嫌われてしまったけど、あっちは殺人未遂なんだから、俺の方がマシだろう)
もう誰にも邪魔させない。今こそ積年の思いを成就させるべき時だ。
(ナディアと愛し合って番になってやる!)
シリウスはナディアに手を伸ばそうとした。しかし、先程船の中で触れた時にも起こったが、視界に自分とは別の男の手が入り込んで、自分よりも先にナディアの身体に触れていた。
音こそ聞こえないが、感情を殺してしまった今のナディアと、男と触れ合うナディアの姿が、二重に見えた。
それはシリウスがいない間にナディアがゼウスとしていたことだった。
シリウスは頭を振りその映像を脳内から追い出した。
(こんなのどうってことない。大事なのはまだ身体を繋げてないってことだ。あの男はナディアの番じゃない。まだ間に合う。今から全部奪えば俺が正真正銘彼女の番になれる)
シリウスは目の前にいる今のナディアの身体に触れて、ゼウスがしていたようなことをした。ナディアについては熟知している。しかしナディアは人形のように何の反応も返さない。
脳内に先程振り払ったはずの光景が再び蘇ってきてしまう。全く動かないこちらのナディアとは違い、そちらのナディアは――――
見たくもないのに頭の中に像が浮かぶ。怒りと同時にやるせなさと悲しみが胸の中を支配する。
(ナディアを先に彼女を見つけて愛していたのは俺だぞ! ナディアに触れていいのは俺だけなのに! キスしていいのも俺だけだったのに! 何でこいつは俺のナディアちゃんを好き勝手にしてんだ!)
シリウスは過去のゼウスに殺意を募らせると共に対抗意識を燃やした。ムキになってみるが、ナディアの無反応は依然として変わらない。
視界の中ではゼウスがナディアに唇を寄せると、ナディアは嬉しそうな表情をした。やがて二人の唇が重なり合い、愛おしそうにゼウスを見ていたナディアは目を閉じた。ゼウスと口付けているナディアはとても幸せそうだった。
シリウスがナディアと口付けたのは寝ている時ばかりで、キスだけで幸せそうにしている顔なんて見たことがなかった。意識がある時にした時だって、迷惑そうに怒るだけで、そんな顔はしなかった。
(どうして俺じゃ駄目だったんだろう…………)
胸が切り刻まれているみたいに痛い。
ナディアはゼウスと抱き合いながら蕩けそうな表情になっている。
シリウスは呻いた。
(こんなのヤってるのと一緒だ……)
ナディアはゼウスにしがみ付きながら、口を開けてしきりに何かを叫んでいる。
――――ゼウス、愛してる。愛してる……
(もういい、もうやめてくれ…………)
愛してるなんてそんな言葉、ナディアはシリウスには一度も言ったことがない。
二人の姿が頭から離れない。ゼウスは無理強いはしていなかった。ナディアが自ら求めて成されたものもあった。
(もう嫌だ…………)
シリウスは泣いている自分に気付いた。ナディアの全てがゼウスを欲していた。ナディアは自分ではなくて、あの男を真実愛していたのだ――
シリウスは二人の姿が浮かばなくなるような魔法をかけた。嫌な光景は消え去ったが、自分の頬を伝う涙は消えない。
シリウスは悲しみとか怒りとか様々な感情がごちゃ混ぜになった状態で、今目の前いる最愛の女性に対した。
(ナディアはあの男と恋人だったが、全て奪われたわけじゃない。一番大切な所はまだ無事だ。ナディアの身体はまだ、誰の侵入も許していない。
大丈夫だ。ナディアはまだ俺だけのナディアだ。俺たちは互いに唯一無二の存在になれるはずだ…………)
シリウスはナディアと一つになろうとした。しかし――――
「何でだよ……」
シリウスは余りのことに思わず独り言ちていた。
彼女は――心は置いておくとしても――身体の方は迎え入れる準備は出来ている。
しかし、シリウスの男性機能の方は、うんともすんとも反応しなくなっていた。
「嘘だろ……」
絶望しきった男の呟きが、窓から吹いた風に乗って運ばれて、消えた。




