118 許さん
シリウス視点
シリウスは間男を始末するべく雷の大剣を振るったが、剣が彼らに到達する寸前、透明な硝子の膜のようなもので剣撃が弾かれた。
舌打ちしたシリウスは二度三度と攻撃を仕掛けるが、全て同じ結果になった。シリウスはイライラしながら叫んだ。
「何でだよっ! 父さん!」
声と同時に雷の剣は砕け散り、シリウスはナディア諸共後方に吹っ飛んで地面を転がった。
シリウスは地面に衝突する寸前に転移魔法を発動させたつもりだったが、いつの間にか周囲に転移魔法封じの魔法がかけられていて不発に終わる。
咄嗟にナディアを庇って彼女が地面に激突しないようにしたが、代わりに自分の背中をしこたま打ち付けてしまって、シリウスは痛みに顔をしかめた。
『頭を冷やせ。馬鹿者が』
シリウスの頭の中に精神感応の声が響いてくる。見れば自分たちと、ナディアを奪って傷付けた憎き相手との間に、父親のアークが立ちはだかっていた。
シリウスは首と手足に重さを感じた。瞬時にして出現したそれは重りの付いた重厚な枷であり、首には首輪が嵌められていて、首輪から続く鎖の先はアークに握られていた。
――――父さん! 何を!
父親に反論しようとしたのに声が出てこない。シリウスはアークに沈黙の魔法をかけられてしまったようだと気付く。つまりは、余計なことは喋るなということだろう。
これまで一度たりとも父親に枷を嵌められたことはなかった。沈黙の魔法を使われたことよりも、枷を嵌められたことに困惑するシリウスの腕から、アークは念動力でナディアを引き剥がそうとした。
念動力は常人であれば抗うことはほぼ不可能だが、シリウスは身体を操ろうとする動きに抵抗し、ナディアを取られないようにと彼女の身体に強くしがみ付き続けた。アークはさらに念動力でシリウスの腕からナディアを引き剥がそうとするが、シリウスは必死で腕に力を込めて離さない。
『いい加減にしろ! その娘は諦めろと言ったはずだ!』
『嫌だ!』
シリウスも精神感応を使って言葉を返す。
『今までは大目に見てきたが、人まで殺そうとするとはそこまでだ! いいか、俺は絶対に認めないからな!』
『うるさい! このクソ親父っ!』
シリウスは泣きながら精神感応で返す。
大っ嫌いだと思った。シリウスはあの時からもうずっと、父親のことなんて信じていない。
対するアークも『クソ親父』という言葉を受けて、無表情を崩して僅かに目を見開いていた。次男シリウスからそんなことを言われたことは一度もなかったから――――
アークは一瞬だけ目に浮かべた剣呑な光を消して、すぐにいつもの無表情に戻ると、念動力の力を増して二人を引き離そうとする。
シリウスはアークの抑え付けに、魔法の力やその他の持ちうる限りの全ての力を込めて抵抗した。そしてシリウスは、生まれて初めて父親を物理的に傷付ける行動に出た。
首輪から繋がる鎖に電流を流したのだ。
「!!」
流石のアークも電流に驚き鎖から手を離した。アークは掌に火傷を負ったが、持ち前の治癒魔法によりすぐに完治させた。
シリウスはアークの隙を見逃さない。拘束具や首輪は嵌めたまま、転移魔法が使えないので力技で突破を図り、ナディアを抱いた状態でその場から逃げ出した。
「メリッサっ!」
背後で間男が叫んでいたが振り返らない。今はアークから逃げるのが先だった。
(俺のナディアに手を出しやがって、傷付けて、絶対に許さない! あの野郎、後で必ずブチ殺してやる!!)
『シリウス!』
アークが呼び止めてくるが完全無視だ。
アークはやはり身体強化の魔法を使い後ろから追いかけてくる。支隊本部から離れても、アークはシリウスの名を呼ぶのに精神感応を使っているが、その理由にシリウスは気付いていた。
シリウス・ブラッドレイは他国で療養中のはずである。こんな所にいてはいけないのだ。シリウスが獣人王シドの住まう里に潜入していることは、銃騎士隊の極秘事項だ。万が一にでも秘密が漏れることを防ぎたいのだろう。
父からはもうずっと、本当の名前を声に出して呼ばれていない。
全く以て悲しくなる。
『その娘だけは絶対に許さんからな!』
アークは普段の声は冷静なくせに、精神感応では簡単に怒りを顕にしてぶつけてくる。
父がナディアを嫁として認めない理由は、兄のジュリアスとも話していて何となく気付いている。シリウスとしては、アークよりもナディアの方が大切だし、別れさせようと圧力をかけてくる横暴な父親に従うつもりなんてさらさらなかった。
アークが背後から転移魔法封じの魔法を何度もかけてくるが、シリウスは海に出た所で魔法で船を出現させて乗り込むと、風魔法を使って風を起こし、あり得ないくらいの速度で逃げた。
『シリウス! 絶対に許さんぞ!』
父の叫びを聞きながら、シリウスは転移魔法封じの領域外へ出たとわかった瞬間に転移魔法を使い、南西列島から離れた。