117 三角関係?
ハロルド視点
「俺の女に触るなァァァァーーーー!」
姿は少女なのになぜか男の声で、そして自分のことを「俺」と呼称して叫びながら、少女は掌から幾つもの電撃の刃をゼウスに向かって放出させた。
迫り来る光の刃に目を見開くゼウスは動けない。
攻撃がゼウスに当たる寸前、なぜか急に身体が動くようになったハロルドは、横からゼウスに体当たりするように飛び出して回避させた。
ゼウスが雷少女の攻撃の餌食にならなくて良かったとホッとする暇もなかった。ゼウスを抱えて地面を転がるハロルドの元に、第二撃の雷撃が襲いかかろうとしていた。
ハロルドは俊敏な動きで起き上がると、呆然としている様子のゼウスを背負って走り出した。少女は怒りに任せるように、手から放つ雷撃や、天空からの落雷をハロルドたちに浴びせ続けているが、ハロルドは持てる全ての力で以て疾走し、ギリギリかわしていく。
光の速度を持つ雷撃から逃げられるのは稀人であるハロルドであればこそだった。ゼウス一人だけであれば、おそらく避けきれなかっただろう。
「退避ーっ! 総員退避っ!」
ハロルドは逃げ回りながら腹の底から声を出し、獣人との戦闘中にしか出されるはずのない指令を叫んでいた。未だ休憩所付近に留まる隊員たちに「逃げろ!」と伝えるためだった。
一番隊南西支隊長の専属副官となったハロルドは、二番隊長一家の特記事項を知らされている。先程一瞬垣間見えた青年の顔は、美貌の二番隊長代行ジュリアスに良く似ていたし、まだ少年とも呼ぶべき容貌の友人ノエルの面影とも重なった。
青年――雷少女――の正体は、おそらく特命を帯びているはずのブラッドレイ家次男、シリウス・ブラッドレイで間違いないだろうと、ハロルドは当たりをつけていた。
ブラッドレイ家は魔法使いの一族だ。彼らが本気を出せば魔法の力で支隊本部など吹っ飛ぶだろう。
怒れるシリウスは人間というよりも超天災級の化け物と言っていい。とにかく隊員たちに被害が出ないように、速やかにこの場から逃げてほしかった。
ハロルドは、「なぜ味方であるはずの自分たちをシリウスさんが攻撃しているのだろう?」という疑問は浮かびつつ、「たぶんゼウスがメリッサさんを斬ってしまったせいだろうな……」と思いながらも、殺気ダダ漏れでとにかくものすごい目付きでこちらを睨んできて、泣きたいくらいに怖すぎる人外めいたシリウスから逃げ続けた。
(シリウスさんは元々は銃騎士隊側の人間のはずだから、話せばわかる。味方同士で殺戮が行われるなんて良くない。俺ならこの状態でもまだまだ逃げられるから、とにかく彼の怒りが収まるのを待とう)
ハロルドはそう思ったのだが――――
「メリッサ……」
背中のゼウスが泣き出した。ゼウスの声を受けて逃げながらメリッサに視線を向ければ、先程まで開いていたはずの彼女の目が閉じていた。
(まずい。メリッサさんだって早く手当をしなければいけないのはわかっているのに、雷攻撃が激しすぎて、全然彼女に近付けない)
焦るハロルドの心情を理解したかのように、突然シリウスの攻撃が止んだ。シリウスを見れば、先程までいたはずの場所から、一瞬でメリッサが倒れている場所まで移動していた。
「ナディアちゃん、ナディアちゃん…………」
シリウスが泣いている。だが、見た目は少女のままなのに声だけは男性の声だ。シリウスはメリッサが先程言っていた彼女の真名を呼びながら号泣している。
シリウスは泣きながら意識を失った彼女を腕の中に強く抱きしめた。するとすぐに、二人を中心として淡く優しい光が出現して、彼女たちの姿が包み込まれる。
それは雷撃の鋭い光とは性質の違う、柔らかい光に見えた。
「あれは、一体……」
背中のゼウスが呟いている。
「……あれは、たぶん、治癒魔法…………」
ゼウスの呟きにブラッドレイ家の事情を知るハロルドが答えた。
「魔法……?」
「メリッサさんの怪我は、たぶん今ので治ったんじゃないかな……」
「ハル…… それは一体、どういう――――っっ!!」
訊ねかけたゼウスが息を呑むのが背中から聞こえてきたが、ハロルドだって驚きながら目を丸くしていた。
淡い治癒魔法の光が去った後もメリッサは目を覚まさないが、シリウスは何を思ったのか彼女を抱いたまま、その顔を上向かせて口付けていた。
(えええええーーー!! どういうことーーーー????)
背中のゼウスと同様に、ハロルドも混乱の極みにいた。
(傍から見れば女の子同士でちゅーしているようにしか見えないけど、でもあれ中身男だよ!)
ハロルドはゼウスと共に唖然として固まりながらも、先程シリウスが「俺の女」云々叫んでいたことを思い出す。
(え? シリウスさんってメリッサさんと付き合ってたってこと? ん? いや待って何どういうこと?? ゼウスとメリッサさんとシリウスさんで三角関係だったってこと??? いやいやいや、ちょっと待って…… 誰か何か説明して…………)
ハロルドの脳裏に、「ゼウスの恋人にまさかの二股交際発覚?!」という疑惑が浮かんだが、しかし彼女が自分で言っていたように、本当は獣人なのであればそれは不可能だろうし、そもそもメリッサはそんなことをしそうな人には見えなかったと思い直す。
後から思えばこの間に逃げれば良かったのかもしれないが、頭が疑問符でいっぱいになってしまったハロルドは、その行動が取れなかった。
「ハロルド! 何やってんだ! 早くこっちへ来い!」
ハロルドは、他の隊員たちに避難指示を出して誘導中のフランツ支隊長に声をかけられるまで、背中でハロルド以上に固まっているゼウスと共に、その場に留まり続けていた。
ハッと悪手に気付いて踵を返した時にはもう遅かった。
背後からの強烈な光を感じ、全身に悪寒を走らせると同時に振り返ったハロルドは、戦慄した。
少女姿のシリウスは片手だけで意識のないメリッサを抱きかかえながらも、再び目に強烈な殺意を宿しつつ、魔法で出現させたと思われる帯電する光の大剣――雷の大剣――を、もう片方の手に握っていた。
シリウスが動く。彼は細かい雷の刃や落雷による遠距離攻撃ではなく、接近攻撃を仕掛けてきた。
ハロルドは再び全力疾走で逃げようとするが、後ろにいたはずのシリウスがいきなり進行方向に現れた。
気付いた時にはハロルドたちに向かって大剣が振り下ろされていた。
(瞬間移動!)
魔法使いを相手にする分の悪さを感じつつ、ハロルドが攻撃に反応しようとした時には既に、背中のゼウス諸共真っ二つにされかかかる直前だった。
(駄目だ。避けられない。死ぬ……)
ハロルドは自身の油断を心から悔いながらも死期を悟った。
「ハロルドォォォォ!」
フランツが叫ぶ声が辺りに響く。
(支隊長、ごめんなさい。約束、守れそうにないです)




