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11 とある銃騎士隊員の憂鬱 2

ゼウス視点

 シャルロットがゼウスに並々ならぬ思いを寄せていることはゼウス自身も知っていた。


 シャルロットとの婚約を上司を通して財務大臣から打診されること計五回。


 銃騎士隊員として何か特段の成果を上げたわけでもなくただの一平民にすぎない自分が公爵令嬢を嫁にもらうだなんておこがましすぎると断ろうとしたが、上司曰く「婚姻に際してはどこかの貴族の養子になることが条件で、嫁が来るのではなく婿に行く」という話だった。


 ゼウスは貴族に良い印象を持っていなかったので自分が貴族になるなどとは考えたくもなかった。「今は職務に邁進したいので結婚は考えていない」と上司には断ってもらい、毎回同じ理由で断り続けている。


 しかし諦めないシャルロットは、「ならば初夜の相手を務めてほしい」などという打診までしてきた。流石に恥ずかしい内容なので父親経由ではなく、仕事中に侍女や本人からの話ではあるが、父親の財務大臣も承知の話だという。


(本当かどうかは知らないけど)


 この国は獣人に狙われるのを防ぐために初体験は早い方がいいという考え方もあり、性に対しても奔放な風潮がある。


 普通は婚約者や恋人に破瓜してもらうのだが、その関係にない者に頼むことがないわけでもない。


 しかしシャルロットには以前婚約者がいた。数年前に婚約は解消されて元婚約者は既に別の令嬢と結婚しているが、共に夜を過ごしてほしいと自分から訴えてくるような令嬢がその元婚約者と本当に何事もなかったのだろうかと疑問はある。真相がどうなのかに興味はなかったが、済みであるのならする必要もないし、まだであっても別の相手にお願いしてほしいと思った。


 言ってしまえばゼウスはシャルロットが好みではなかった。顔は可愛らしいがこちらの都合などお構いなしでグイグイ迫って来る令嬢で、それでいて無意識なのかはわからないが庇護欲を掻き立てさせるような仕草をする。何かにつけては瞳を潤ませて媚を売るような表情をし、作り声のような高く甘えた声も苦手だ。陰と陽で例えれば全体的に陰であり湿っぽい女性だと思ってしまう。ゼウスとしてはなんというか、もっとからっとしていて元気でハキハキしている方がいい。


 ゼウスは今も険しさを隠そうともない表情のまま、口を開けば暴言を吐いてしまいそうなので何も喋らないでいると、シャルロットは不安そうな顔をして瞳を潤ませたまますぐにでも泣き出しそうな顔をしていた。


「ゼ、ゼウス様? きっと喜んでもらえると思っておりましたのに、どうなさいましたの?」


(どうなさいましたもクソもあるか。人の行く道を勝手に妨害するな)


 怒りをやり過ごそうとして尚も押し黙るゼウスの肩に、経緯をそばで見ていたレインが手を置く。


「ゼウス、こんなに可憐でか弱い女性を前にそんな怒った顔をするんじゃない」


 可憐でか弱い、という言葉に反応したのかシャルロットが潤んだ瞳をレインに向けた。その視線を受けたレインが安心させるような優しい微笑みを向けると、シャルロットは感極まった様子で涙を溢れさせレインの胸に飛び込んだ。


(なぜそこでレイン先輩に抱きつくのか良くわからない…………)


 レインは微笑んだまま乱暴でない手付きでやんわりとシャルロットの腕を掴み自身から引き離そうとするが、シャルロットはそれを知ってか知らずか泣き声を強めてさらにレインに強くしがみつく。レインは仕方なく、自身の胸あたりにあるシャルロットの頭を撫でて慰め始めたが、それを遠巻きに見ながら殺気立っている者たちがいる。


 銃騎士隊の中で人気がある者たちには人知れず支持者が付き、時には徒党まで組む。見目の良いゼウスやレインもそのうちの一人だった。ただ、レインの場合は彼が実は男色家なのではという噂があり、殺気立つ一派の中には男性もわりと含まれていた。女性たちの中でも先程までのゼウスとレインのやり取りを微笑ましくかつ尊く見ていたのに急に邪魔しやがってな視線をシャルロットに送る者たちもいた。


「アンバー公爵令嬢、ゼウスがあなたを悲しませて大変申し訳ありませんでした。ですがこいつの気持ちも考えてみてください。三番隊は銃騎士隊の花形部隊です。三番隊に移れることは全ての銃騎士にとっての誉れです。あなたはその機会を奪ってしまったに等しい」


「も、申し訳ありません……! でもっ、でも私、ゼウス様が心配で! 獣人と戦うなんて危険なことは絶対にやめてほしくて……!」


「それを言ってしまったら他の隊員の立場がありません。俺たち銃騎士隊員はこの仕事に命をかけています。ゼウスの身だけでなく、我々全員の身を案じていただきたかったです」


「ごめんなさい……っ! わ、私、そんなつもりじゃ……!」


 レインとしては言いたいことを優しめに言ったのだろうが、シャルロットは余計にぐずぐずと泣き声を強めてしまいレインから離れる気配が全くない。


「わかっております。貴女様が優しい御方なのは私もよく存じておりますし、ゼウスも充分すぎるくらいにわかっていますよ」


「な?」と同調を求めるようにゼウスに声をかけられるが、こちらに顔を向けたレインの表情は不自然なほどにこやかで顔に助けてくれと書いてあるようだった。さっさと突き放せば良いものを半端に優しくするからこうなるのだと思った。レインが目力だけで強くゼウスに頷くようにと促してくる。


(頷けるか!)


 ゼウスは彼らに背を向ける。暴言を吐くよりはましだろうと足早にその場を去ろうとするが、そのままレインにしがみついていればいいものを、背後から「お待ちになって」と甲高くて耳障りな声が追ってくる。シャルロットは今日の式典のためにドレスアップしており、隊服のゼウスが追いつかれることはなかった。


 ゼウスは銃騎士や貴族でごったがえす広場を一番隊長を探して歩いた。


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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