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116 ヒーロー(仮)は遅れてやって来る

⚠【注意】⚠ 主人公への暴力(ゼウス→ナディア)があります。


シリウス視点→ハロルド視点→ナディア視点→三人称

 里に潜んでいたままの少女の姿で最愛の人との愛の巣に戻ってきたシリウスは、彼女の残した手紙を発見するなり目を見開いた。


 いや、本当は手紙を読む前、この家の中に入った時から、シリウスは異変を感じていた。


 シリウスは愛する人からの手紙を掌の中で握り潰してしまった。


(どうして………… どうして俺じゃない他の男を選んだんだ…………)


 これまでに感じたことのない深い深い負の情動が湧き上がってきてしまい、シリウスは意図せず落雷を何発も家の中に発生させてしまった。


 家の壁や家具が壊れて周囲が破壊されていくが、心の中は荒れ狂っていてとても元には戻らない。しかし、すぐにハッとしたシリウスは、手紙を壊れた文机の上に置くと、火の手が上がって燃え始めてしまった借家はそのまま放置して、外へと飛び出した。






******






 ハロルドはメリッサが出自を告白した後のゼウスの行動を見て、彼女の正体を聞いた時以上に目を見開き、走る速度を最大限にまで上げて、全力でその間に割って入ろうとした。


 けれどそれは叶わなかった。


 突然、ハロルドの足が地面に縫い留められたように動かなくなる。急停止したというのに、たたらを踏むこともできない。

 足だけではなく、全身が一瞬にして氷漬けされたかのように、ピタリと止まって全く動かせなくなった。辛うじて呼吸と瞼を動かず程度はできたが、叫びたくても声が出ない。


 ハロルドの眼前では、腰に収めていたはずの剣をゼウスが抜刀し、一生愛すると誓った相手に向けていた――


(誰かっ! 誰かゼウスを止めて!)


 メリッサに剣を向けるゼウスを見たハロルドの目からボロボロと涙が溢れ落ちた。


(支隊長! アラン先輩! 副主幹! 誰でもいい! 誰でもいいからっ! 誰かっ!)


 自分の自由を奪って足止めしているのが誰の仕業なのかということにも頭が回らずに、ハロルドは出せない声の代わりに心の中で叫んでいた。


(ゼウスにあんなことさせちゃいけない! 愛している人を斬らせるなんてそんなこと、絶対にしちゃいけない! その人を斬ってはいけない! あなたが愛した人は! 獣人は本当は――――――!)


 けれどハロルドの思いも虚しく、目の前の光景に赤い色が加わった。






 ハロルドはこの時、自身の秘密をゼウスに(あらかじ)め打ち明けておかなかったことを心から後悔した。






******






 ナディアは陽の光を反射しながら迫る白刃を前に咄嗟に身動きが取れなかった。


 もしもそれが今現在最も愛している男からのものでなければ、急に仕掛けられた攻撃に対して某かの対処はしたはずだった。


 けれどゼウスに斬りかかられているという目の前の現象自体を頭が拒否した。これは何かの間違いで、本当じゃないとナディアは思ったが、眼前ではゼウスが剣を振り上げてこちらに斬り掛かろうとしている。


 ナディアは頭が真っ白になってしまって、何も反応できなかった。視界が霞がかったようになり、ゼウスが憎しみとは別の、激しい苦しみに満ちた、今にも泣き出しそうな顔になっていることには気付かない。


 ナディアは、たとえゼウスが獣人を狩ることが使命の銃騎士でも、自分にはこんなことは決してしないと信じたかった。しかし、そんなナディアの胸から腹にかけてを激痛が襲った。


 その痛みが、これが現実であるとナディアに告げていた。


(痛い、身体が痛い――――)


 しかし、それと同じくらいに猛烈に心が軋んで痛い。


 ナディアはゼウスに視線を固定させるが、滲む涙でぼやけてしまい、その表情はよくわからない。


(どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして…………)


『俺と付き合ってください! あなたのことが大好きなんです!』


 涙で溢れる視界の中では血飛沫が舞っていた。身体を斬られたことで反射的に上がる自分の苦悶の声を遠くに聞きながら、これまでのゼウスとの思い出が走馬灯のようにナディアの脳裏に蘇った。


『おやすみ。またね、メリッサ』


『結婚して』


『俺は君のことが一生好きなままだよ。何があってもずっと好きでいるよ。世界中が君の敵になっても、俺はずっと愛し続けるよ』


『君のことがとても大好きなんだ。婚約指輪も結婚指輪も用意する時間すらなくなってしまったから、せめて俺自身を受け取ってください。俺の全ての愛を君に誓う』


『俺の大好きなメリッサ、本当に何かある時は、ちゃんと言うんだよ』






 ゼウスに裏切られた。


 いや、違う。




 ――――先に嘘を吐いて裏切っていたのは、私か。






 感覚が遠い。地面に倒れて呻く自分の声や、血の匂いや頬を伝う涙の感触や、愛していた男の姿や匂いやその全てを、もう見ていたくなかったし感じていたくなかった。


 ナディアは身体の痛みと心の苦しみから逃げた。


 光を失ったナディアの瞳にはもう何も映っていなかった。


 すぐそばから叫ぶように自分の仮の名が呼ばれていることにも、彼女は気付かない。


 誰かの手が自分に伸びてくることにも――――






******






 突然の轟音が辺りに響く。唐突に暗くなった空から雷鳴が轟き始めた次の瞬間、天から光の塊が降ってきて、鍛錬場の中央付近に落ちて地面が抉られた。


「落雷か!」と、突然少女を斬りつけたゼウスに騒然としていた支隊の者たちが、再び騒ぎ出している。


「いや…… 落雷じゃない」


「何だあれは? 女の子?」


「でも何か様子が変だぞ!」


 巻き上げられた土埃が晴れようとする中、地面が抉られたその場所に茶色い長髪をたなびかせた少女が立っていた。しかし少女の全身は帯電しているようで、まるで威嚇でもするかのように彼女の周囲でバチバチと光が爆ぜていた。


 その少女は、怒りに満ちたものすごい形相でゼウスを睨み付けていた。


 ゼウスは見た。


 少女の輪郭が崩れかかり、少女だったはずのその姿の中に一瞬だけ、白金髪に灰色の瞳をした、とてつもなく美しい青年の姿が浮かび上がるのを。


 けれどそれは一瞬だけで、すぐに青年から元の少女の姿に――髪と目の色だけはなぜか黒色となった姿に――戻った。


 少女は休憩所付近にいる支隊の面々には背を向けていて、その一瞬の揺らぎを正確に目撃できたのはゼウスと、それから動きを封じられつつも瞳は動かせたハロルドだけだった。


 ナディアは突然の轟音にも()()の登場にも何一つ反応を示さず、それから、伸ばされかけた手に助け起こされることもなく、流れる血を地面に吸わせながら、虚空をただ見つめているだけだった。


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完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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