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113 慣れない距離感

ハロルド視点


微BL

 ハロルドは一番隊南西支隊長執務室にいた。いつもであれば午後からの戦闘訓練に参加している所ではあったが、先の獣人との戦闘が発生した影響で、フランツ・クラッセン支隊長の仕事が急増したため、彼の専属副官としての仕事を優先していた。


 執務に励んでいたハロルドは、扉を叩かれる音に手を止める。


「ブラッドレイ二番隊長がお越しです」


「二番隊長? わかった、通せ」


 フランツは少しだけ怪訝そうに切れ長の眉を寄せたが、すぐに返事をした。


 アーク・ブラッドレイ二番隊長は神出鬼没であり、「必要な時に必要な部隊に現れて、助力や助言などをした後に、いつの間にか忽然と姿を消す」というような都市伝説みたいな人であるらしい。


 らしい、というのは、ハロルドがアークについての詳細や人となり――フランツの専属副官になった時に銃騎士隊の機密事項としてブラッドレイ家の面々が魔法が使えることは教えてもらったが――をあまり知らないからだ。

 アークは一応本部勤務となっているようだが、隊が違っていたこともあり、ハロルドが本部で二番隊長を見かけたのは数える程度だ。友人(ノエル)の父親だといっても、会話もほとんどしたことがなかった。


 アークはおそらく、先の獣人との戦いの後処理のために来てくれたのだろうとは思うが、今朝方手伝いのために副支隊長のカイザーとリオル副官も別の島から到着し、現在は他の隊員も引き連れて現場巡りを担当してくれている。手は足りているのに変だな、とハロルドは思わなくもなかった。


 フランツが立ち上がる。その意を汲んだハロルドは、執務机の後方にあった上着掛けから隊服を取り、フランツの背後から広げて彼に着せかける。


 フランツは()()()支給されている水色のシャツを着ており、袖を肘までまくっていた。袖から覗く、男らしいのに貴族の血ゆえなのか上品さと美麗さを保っているその前腕の筋肉が、袖を元に戻し上着を着ることで隠される。


 本日の気候がやや暑かったせいなのか、それまでフランツは襟元のボタンを大胆に開けていて、色気ダダ漏れな胸元と綺麗すぎる鎖骨を見せつけるような格好だった。ハロルドはフランツの上着のボタンを留めながら、彼の素肌を凝視してしまいそうになるのを理性で堪えていた。


 しかし不躾にならないように注意しながらも、真正面からの魅惑的な光景はちゃっかりと網膜に焼き付けていた。


 ハロルドは何となくだがフランツの意図を察することができるようになっていて、何も言われなくとも自然な流れで彼の身支度を手伝っていた。支隊長の隊服を整えてつつ、『女房役も最近は板に付いてきたかな』と、ハロルドは密かに自分を誇っていた。


「ほら、お前も」


「いえ、自分でできます……」


 フランツの言動を受けて語尾が尻すぼみになる。ハロルドが自分でできると主張したにも関わらず、今度は支隊長自身がハロルドの上着を取って着せかけてくれようとしていた。


「早くしないと二番隊長が来てしまうぞ」


 どこか楽しそうに語りかけるフランツの凛々しい口元が微笑みの形に結ばれた。


 その表情にドキリとしつつ、ハロルドは急かされるようにしてフランツに上着を着せてもらい、ボタンまで留めてもらった。


(ここ最近の支隊長は、なぜだか酷く優しい…………)


「……すみません、ありがとうございます」


「ハロルド、まだだ。紐を出せ」


 フランツは命令口調ではあるが、声に柔らかい響きがあるような気がした。


 ハロルドがフランツの専属副官になって最初の頃、彼はハロルドのことを「チビ」と呼んだり「おい」と呼びかけてくるばかりであり、ほぼほぼ名前で呼んでくることがなかった。

 しかし最近は――たぶん「先の獣人との戦い」の後くらいから――きちんと名前で呼んでくれるようになった。「お前」呼びは顕在だが。


 ただし、まだ愛称までは呼んでくれない。ハロルドはそれをちょっぴり寂しく感じていた。


 それから――――


 (つい)ぞ愛称で呼んでくれることのなかった男が過去にも一人いたなと、ハロルドは頭の片隅で考えていた。


 ハロルドはフランツに言われた通りに、隊服のポケットから義兄(ケント)に貰った宝石(ターコイズ)の付いた組紐を取り出して渡した。


 フランツは自分の執務机の引き出しから専属副官のために用意したという櫛を取り出すと、ハロルドの真っ直ぐな薄茶色の長髪を梳いてから、頭の後ろで手早く一つに結ってくれた。ハロルドがいつも鍛錬や戦闘の時にする髪型だ。


「よし、これでいい」


 頭の後ろに手を回すと、結われた部分に組紐があるのがわかった。フランツに髪の毛に触れられて結ってもらうのはまだ片手で足りる程度なので、正直まだ慣れない。


 支隊で一番偉い人にこんなことをしてもらえるのを申し訳なく思いつつも、何だか大切にされているようにも感じる。


「ありがとうございます」


 仕えるべき上官に世話をされてしまって恐縮した所で、執務室の扉が叩かれた。


 ハロルドは視線が合ったフランツの意に従い、やって来た人物を迎え入れるために部屋の入り口へと向かった。


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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