110 一番隊長の見解
時間軸はゼウスが南西列島へ旅立った日の朝です
ジョージ視点
「単刀直入に聞きます。ゼウスの恋人であるメリッサ・ヘインズは、獣人ですね?」
人払いのされた一番隊長執務室にて、ジョージ・ラドセンド一番隊長は孫婿であり有能な部下でもあるユリシーズ・ラドセンドと相対していた。
本日早朝、件のゼウス他、派遣される隊員たちはジョージの用意した特別列車に乗り込んで旅立った。
出立までゼウスと彼女が関係しないようにユリシーズに見張りを任せていたが、まさか一日任せただけで彼女の正体に勘付くとは。
「うーむ。流石は私のユーリだ。やはり有能すぎるな。
どうだろう? ここは一つ、私の後を継いで一番隊長になる気はないかね?」
「話をはぐらかさないでください。私は隊長の器ではありませんので、その話は以前もお断りしたはずです。
それよりも、問題はゼウスとあの娘です。一体どうなさるおつもりなのですか?」
ユリシーズの表情には未だ緊張の色が濃い。首都に獣人が潜んでいた。しかも、その獣人とそれを狩るべき銃騎士隊員の一人が恋仲であっただなんて、こんなことが公になったら大問題である。
「ゼウスは知らないのですか?」
「ああ。偶然知り合ってたまたま恋人になったようだ。彼女が獣人だなんて全く考えもしていないだろう」
ジョージはユリシーズの問いを肯定した。ジュリアスからはくれぐれも内密にと言われてはいるが、この有能な孫婿が確信を持ってしまった以上、はぐらかすのは困難である。
「知らせずに旅立たせたということは、ゼウスが不在にしている最中に秘密裏に処理するのですか?」
ユリシーズの発言は不穏なものであるが、自分も孫婿もそれなりに暗部には手を染めている。
「いや、彼女の貰い手は既に決まっているらしい。五体満足のままが良いという上からのお達しで、一切の手出し無用とのことだ」
その言葉を聞いたユリシーズは、はあ、とため息を吐き出した。
「『獣人奴隷』ですか…… 俺はそもそもこの制度には反対です。一部の特権階級だけが獣人を奴隷として所持できるだなんて、色々と間違っている気がします」
ユリシーズのようにこの制度に疑問を持つ者は多い。法律が施行されて以降、獣人を愛玩物にしたいという一部の人間たちの欲を叶える形になってしまっているが、問題点はそこだけではなく、奴隷という形ではあるものの、獣人を排除し続けてきた社会が、獣人の居場所を法的に認めてしまっている。社会に綻びが生じ始めている。
「せめて、引き取り先がゼウスであればいいと願うばかりです…… ゼウスならば子を作らないという規則はきちんと守るでしょうし、流石に首都では目立ちますから、こっそりと南西列島の方で暮らせるようにしてやればいいんです」
彼女の正体に気付いたユリシーズは、一晩中ゼウスを見張りながら色々と考えていたらしい。
「愛した女が他の男の奴隷になるだなんて、ゼウスには酷です」
ユリシーズはゼウスを気に入り後輩として可愛がっていた。ゼウスの心情を思うと辛いのだろう。
「私もそう意見を述べておいたよ。だが、決定は正式なものではなく、一転して彼女を処分する判断が下る可能性もあると言っていた」
ジョージとしては、ゼウスが『悪魔の花婿』として処刑される可能性がある以上は、ゼウスが彼女の番になることは阻止しておくに越したことはないと思っていた。
彼女がゼウスの奴隷となってしまえばどうとでもごまかせるだろうが。
ゆえに『男女の営みをさせるな』という指示を出した。しかし、それがユリシーズに気付かせる手掛りになってしまったのかもしれない。
ゼウスはまだ彼女と肉体関係を持っていないようだと告げるとユリシーズはかなり驚いていた。この国では、恋人になったらすぐに身体の関係も築く者たちがほとんどである。ユリシーズは子供ができてしまう機会をできるだけ減らそうとした指示だと思っていたらしい。
ジョージは、『もしかすると彼女はゼウスを守るために意図的に番にしていなかった可能性もあるのではないか』とユリシーズに話した。
それから一番隊長は、ある一つの私的な見解を口にする。
「私は、そもそもゼウス君が彼女の正体を受け入れるのかどうかがとても気懸かりだ。彼女自身は人間を酷く害するような獣人ではないようだが、ゼウス君は獣人をとても憎んでいるからね……
ゼウス君は彼女の正体を知った時にもしかすると、『自分が処分する』と言うかもしれないね…………」