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109 行くな

ナディア視点→アーヴァイン視点

「好いた男に殺されるくらいなら、俺に殺された方がマシだろ」


 アーヴァインの言葉を受けて、ナディアは目を見開き驚いていた。


「ゼウスは、そんなことしない」


「そう思いたいだけだろ。ゼウスは銃騎士なんだぞ? あいつだって銃騎士になったのにはそれなりの理由がある。姐さんだってそこら辺はわかってたはずだろ?


 姐さんはゼウスに手を出してはいけなかったんだ。よりによって獣人だなんて…………


 真実を知った時、ゼウスはきっと姐さんを殺そうとするはずだ」


 ナディアはそれを強く否定するように、首を横に何度も振った。

 

「違う。ゼウスだけは、絶対に違う」


「正体を欺かれて騙されていた挙げ句、恋人が自分の仇だったなんて、そんな簡単に許せるものじゃない」


「じゃあアーヴァインは、もしもエリーが本当は獣人だったら、殺すの? 獣人というだけで人格は全否定なの? それまで二人で歩んで育ててきたものは、全部意味がないと言うの?」


「愚問だな。実際にエリーは獣人じゃなくて人間だ。それが答えだ」


「私はゼウスを信じてる。 ――――アーヴァインのことも、信じてるよ」


 ナディアが動く。馬車から一歩出た所に立っていたナディアは飛び上がり、馬車の屋根の上に立った。

 アーヴァインを見下ろす格好になり彼の鋭い視線を受けるが、アーヴァインはナディアの移動に合わせて銃口を動かすものの、撃ってはこない。


 以前、ゼウスと会わなくなったエリミナ以外の三人と、アーヴァインが連れて来た友達と一緒に射撃場に行ったことがあった。ゼウスに射撃を教えてほしいというアーヴァインの希望で、何度かそんな集いがあり、時にはゼウスとアーヴァインの二人だけで行くこともあったらしい。


 初めて射撃場に行った時に見たアーヴァインの腕前は、あまりお世辞にも褒められたものではなかった。そっち方面の才能が全くないとすぐにわかるようなもので、ちょっと可哀想なくらいだった。


 それに対し、お手本を見せてくれと言われたゼウスは、全弾を的の中心部に命中させていて、ナディアはかなりびっくりした。


 ゼウスが銃を構えて撃つ姿はとても格好良かったけれど、もしも狙われたら死ぬなと思った。


 ゼウスはアーヴァインを含め一緒に来ていた友人や他の客たちからは絶賛の嵐を受けたり舌を巻かれたりしていて、そしてその場に居合わせた他の女性客たちからは、キャーキャー言われていた。


『何で撃つ弾撃つ弾全部真ん中に行くんだよ! すげえな!』


『コツがあるんだ。上官に射撃の名手がいて、その人に教えてもらった』


 アーヴァインは熱心にゼウスに教えを請うていて、その後は少なくとも弾が明後日の方向に飛んでいくことはなくなった。


 だからアーヴァインに銃を撃たれた場合は命中されてしまう可能性はあるので、もしも撃ってきた時は避けるべく、神経は集中させている。


 しかし、ナディアはアーヴァインが撃ってこないだろうと踏んでいた。


 案の定、暫く屋根の上に留まっていても、その後アーヴァインに向かって踊り掛かっても、彼が引き金を引くことはなかった。


 目標が定まらないから撃てないのではない。撃たないのだ。


 ナディアは素早く間合いに入ると銃を奪い、とりあえず遠くへ放り投げた。


「ごめんね」


 心から謝るつもりでそう言ってから、アーヴァインの鳩尾(みぞおち)あたりに拳を捩じ込んだ。


「ぐっ……」


 アーヴァインは殴られた付近を抱え込むようにしてその場に崩れ落ちそうになるが、地面に倒れる前にナディアが支える。


「ごめん、アーヴァイン。今はすごく痛いかもしれないけど、加減はしたから、数時間休めば動けるようになるはずよ。こんなことして本当にごめんね。でも私、ここで捕まるわけにはいかないから」


 腕の中のアーヴァインは苦悶の表情を見せながら、荒い呼吸を繰り返している。


「……っ……殺せ……」


 絞り出すようなその声にナディアは眉を寄せた。


「殺すわけないでしょう」


「……でも…… 俺は、姐さん…… 殺そうと…………」


 額に脂汗を浮かべながら、アーヴァインは涙声混じりにそう言う。


「アーヴァインは殺そうとしてないよ。だって、アーヴァインは武器持ってる三馬鹿を私が()したの見てたでしょ? 銃があった所で、武術の心得が全くないアーヴァインじゃ私には勝てないよ」


 聡いアーヴァインがそのことに気付かないはずがない。


「アーヴァインはただ、大切な人を亡くした怒りとか悲しみを私にぶつけたかっただけなのよね?」


 アーヴァインは呻きながら苦しそうに呼吸をするだけで、返事はしなかった。


「今は許せなくても、いつか、許してほしい」


 ナディアはアーヴァインを抱え上げて――俗に言うお姫様抱っこで――馬車の中に向かった。


 馬車に入り座席の上に横たえる間も、アーヴァインはずっと泣いていた。


「行く、な…………」


 トランク片手に馬車から出ようとすると、そんな声が聞こえてきて、ナディアは振り返った。


 ナディアの拳の衝撃からか、アーヴァインの瞼は今にも落ちそうだったが、彼は何かを伝えたそうな表情をしていた。


「駄目、だ…… 行、くな…………」


 ナディアは首を振る。


「ゼウスは私のすべてだから、行かなきゃ」


 ナディアの意志を聞いても、アーヴァインはやはり何かを言いたそうに手を伸ばして口を動かそうとしていたが、声にはならない。やがて、アーヴァインの瞼が完全に落ちきる。


 ナディアはアーヴァインの落ちた腕を座席の上に戻し、呼吸の状態や心拍数などを確認した。気絶してしまったようだが、とにかく意識がなくなった後には、荒かった呼吸も比較的落ち着いてきて、心拍数も安定している。このまま休んでいれば大丈夫のはずだ。


「……ばいばい、アーヴァイン…………」


 ナディアは馬車から降りた。











******






 ハッ、とアーヴァインは意識を取り戻した。


「……姐さん!」


 痛む鳩尾を押さえながら上体を起こすが、馬車の中には誰もいない。


 アーヴァインは重く感じる身体を何とか動かし、座席から降りて外に向かった。殴られた所はやはり痛むが、殴られた直後ほどではなかった。


 外に出てみても、思う人はそこにはおらず、それどころか道から逸れた場所には人っ子一人見当たらない。


 彼女はもう、この場所から離れてしまったようだった。


「……姐さん、ゼウスの所へは行くなよ」


 彼女にはもう届かないのだろうが、アーヴァインは一人呟く。


「会いに行っても傷付くだけだ…… このまま黙って消えろ。たぶんそれが、一番いい………………」


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完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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