108 好いた男に殺されるくらいなら
「どうしてなの? アーヴァイン」
「驚かないんだな」
「私の正体を書いた手紙を寄越したのはアーヴァインでしょ?」
「何でわかった?」
「あの手紙にアーヴァインの匂いが残ってた。作ったのはあなただってすぐにわかった」
するとアーヴァインは、ハッと吐き捨てるようにして笑った。
「匂いだけでそんなことがわかるなんて、化け物かよ」
化け物。人間ではないことは確かだが、わりと心にグサッと突き刺さる。
「私を殺したいの?」
「そのつもりだ」
「どうして?」
アーヴァインは重苦しいため息を吐き出した後に語り出した。
「俺、生まれは首都じゃないんだ。中等科の途中からこっちに出てきて、その時に一緒に上京してきた幼馴染がいたんだけど、そいつは銃騎士学校の試験に合格して銃騎士になった。
そいつは昔から正義感が強くて、俺はこんなナリだから、小さい頃は女みたいとか弱っちいとか言われていじめられてたけど、でもそいつだけは俺のこと庇って助けてくれた。
いい奴だったよ。すげーいい奴だった。でも死んだよ。銃騎士になって一年目に獣人との戦闘に巻き込まれてあっけなく。
遺体は損傷が激しいとかで最後に一目会うこともできなかった。俺は未だにあいつが死んだとは思えなくて、でももうどこにもいなくて………… 絶対に許さないって思った。俺はあいつを殺した獣人という存在そのものを憎んでいる。
俺だってなれるものなら銃騎士になって仇を取りたかった。だけど悲しいくらいに運動音痴だから全然向いてなくて。商会の経営者になれれば裏から銃騎士隊を支えられると思って、こっちの道を選んだんだ。
でも、目の前に獣人がいるなら、俺は殺す」
アーヴァインは銃口をナディアに向けたまま、険しい目付きで憤りをぶつけてくる。
彼の幼馴染が死んだのはもしかしたら父のせいかもしれないし、自分は関係ないと言い張ることはできなかった。
「……私が獣人だっていつ気付いたの?」
アーヴァインは、何故かその質問には少し呆れたような表情になった。
「俺、警務隊にも仲いい奴がいるんだ。
姐さんさぁ、前に人身売買の犯人を捕まえたことあったろ? 年明けてすぐくらいの時に。
犯人たちは馬車の中で誰かに殴られて気絶してたって話で、まあ、馬車の中の妙な書き置きのおかげで調査が進んで、そいつらが犯罪者ってことがわかって逮捕はされたけど、それはそれ。一体誰がそいつらを殴って縄で縛ったのかって謎が残るじゃないか。
結局、警務隊の中では謎のままで終わったようだけど、その時の犯人たちが言ってたらしいんだよ。自分のことを『失われた古の古武術使い』って名乗る女に殴られたって。
犯人たちはあまりそのことを話したがらなかったらしいし、警務隊員たちも、武道の有段者だった犯人たちを一発で気絶させる女なんかいるわけないって全く信じてなくて、むしろ与太話だろうってことで終わったらしい。だけど俺は、そんなことができる女を知っている。
何が『失われた古の古武術使い』だよ。『頭痛が痛い』かよ。俺の中では喧嘩が強くてそんな適当なこと言う女は姐さんくらいしかいないって妙な確信があった。強いて言うならそこら辺から何となく胸騒ぎはしてた。
そりゃ、エリーを助けてくれたことには感謝してるよ。だけどさ、よく考えたらおかしな話なんだよ。俺もあの時は、姐さんかっけえ、って胸がいっぱいで、本当にそれだけだったんだけど…………
今はハンターやってる女性も多いし結構強い人もいる。だけど、武器を持ってる相手を文字通り赤子の手をひねるように簡単に叩きのめせる女なんてこの首都にどれくらいいる? 丸腰でだぞ? 首都中、いや、国中を探したって、あんな素早い身のこなしで動ける女の人なんてきっといない。いるとしたら獣人なんじゃないかって、そこに辿り着くのは自明の理だろ。
俺の中では色々積み上がっていって、ある日突然、超難問の解き方が降ってきたみたいに、一つの答えが浮かび上がってきたんだ。姐さんが獣人なら全部辻褄が合う、というか、納得できることが多いんじゃないかって。
あんまり歴史好きって訳でもなさそうなのに『銃騎士隊と獣人の歴史』なんて獣人関連の小難しい本を読んでたし、他にも似たようなの読んでたよな?
姐さんの出身地のことを聞いても明らかに的外れなこと言ってたり、よく知らないとかも言うし。学校行ってないだけでそんなに物知らずになるか? ってずっと思ってた。
人間社会での経験が少ないように思えたけど、要するにそれは、人間社会とは違う場所――――獣人社会にいたからなんじゃないかって。
だけど俺の中ではそれでも半信半疑だったんだ。考えすぎなんじゃないかって思いたかったんだろうな。
手紙を出したのは姐さんの出方を見たかったのと、エリーとリンドさんに注意しろって警告の意味もあった。
確証があったわけじゃない。だけど昨日の火事場での出来事を見て、確信に近い思いを抱いた。
さっき姐さん自身から『自分は獣人だ』って…… その言葉を聞いて、俺は背筋が凍ったよ」
おそらく決定打は先程の会話なのだろう。
不可抗力もあるとは思う。けれど自分の軽率な行動の一つ一つが、アーヴァインに気付かせる手掛りになってしまったのだろう。
「アーヴァイン、でも私、あなたと友達でいたい」
銃を向けられた状態で、自分にとってアーヴァインはどういう存在だったのか、これから彼とどうなりたいのか、短い時間で考えて出た結論がそれだった。自分がどうしたいのか、重要なのはそこだった。
ぶん殴って終わりにするのは簡単だ。しかし、それでいいのか。
「そんなの無理だろ」
「エリーは受け入れてくれたわ」
「エリーは心が綺麗で真っ直ぐだから受け入れられるんだ。中身も見た目も綺麗でいい子だろ。でも俺は結構腹黒だし」
「そうね。アーヴァインって、エリーがゼウスと仲良くするのを悉く邪魔してたものね」
何度か四人でダブルデートもしたが、ゼウスとエリミナの間には必ずアーヴァインが割って入り、二人が打ち解けて話すような場面は皆無だった。何かを察したのか、途中からエリミナは誘いに乗って来なくなった。
「そりゃあんなイケメンに接近されて万が一にでもエリーが惚れちゃったらどうしようとか、もしもゼウスがエリーを口説きにかかったら俺が超絶荒れ狂ってド修羅場劇場開幕とかそんなのやだったし――――っていうか、やめてくれよ、調子狂う」
アーヴァインはいつもの調子でしゃべり出していたが、途中で語るのをやめて頭を左右に振っていた。
「あんたは敵だ。 ――――俺が殺す」
カチリ、とアーヴァインが銃の安全装置を外す音が周囲に響いた。
「好いた男に殺されるくらいなら、俺に殺された方がマシだろ」