10 とある銃騎士隊員の憂鬱 1
ゼウス視点
「どうしたゼウス、もっと笑え」
吐き出す息は白く寒さが身に沁みる。街路で沸き立つ群衆もそれは同じはずなのだが、熱気を含んだ視線や歓声を上げている彼らはあまり寒さを感じていないような気がする。
銃騎士隊が隊列を組んで首都の大通りを練り歩くのは恒例となっている新年の祝賀行事だ。馬に跨りパレードの先頭を行く一際目立つ容姿端麗な二人組のうちの一人、黒髪の青年――レイン・グランフェルが、隣で先程から民衆に向かってニコリとも笑わない金髪の少年――ゼウス・エヴァンズに話しかけていた。
先頭という目立つ位置で会話などしていたら後で上官に怒られそうな気もするが、パレード自体が和やかな雰囲気で進んでおり、後方で騎乗している階級が高めな隊員はもちろん、徒歩で行く隊員に至るまで互いに談笑したり街路にいる人と交流したりしている。
ゼウスはレインの指摘を充分わかっていた。このパレード自体は民衆の銃騎士隊への好感度を上げることが目的であり、言ってしまえば寄付金集めのイベントでもある。
その隊列の映えある先頭に選ばれた自分たちは共に十代というこれからの銃騎士隊を担う偶像のような側面と、それから恋人や婚約者などの特定の相手がいないことから現在恋人募集中にも見え、銃騎士の相手になりたい人々や娘を嫁がせたい人々に夢を見させられることができる。
組織の一員である以上そういうものも必要だと、一番隊という二番隊に似たある種特殊な部隊に所属していることから存在意義を見失いかけて腐りそうになっている自分に、銃騎士であることの意義を説いてくれたのは隣にいるレインを初めとした何人かの先輩たちだ。彼らがいなければ自分はとっくの昔にハンターに転職していたことだろう。
ゼウスだってこの祝賀行事のパレードの先頭を務めるのは二回目だ。姉によく似た女顔で、自分ではいまいちパッとしないと思っているこんな顔でも笑顔を作れば喜ぶ人はいるようで、寄付金集めの珍獣もどきになりきる覚悟はできていた。
あの話を聞くまでは。
「ゼウス様! お喜びくださいませ!」
パレード前、銃騎士が多く集まる広場は関係者以外は入れないように規制が敷かれていたが、部外者でも貴族だけは入ることができた。とある事情からちょっと苦手な先輩のレインと、今年は先頭の相棒を組むことになり久しぶりに会って話をしていると、その令嬢がお友達を連れてやって来た。
「お父様にお願いしていた件が通りましたの! お父様のおかげでゼウス様が三番隊に移らなくても済みそうですのよ! 獣人の相手をするような危ない所への異動がなくなり良うございましたね! これからも一番隊で私たちのことをお守り下さい! ゼウス様とこれからもずっと一緒にいられて、私、とっても嬉しいですわ!」
俺はとっても嬉しくないです、と言いそうになるのをかろうじてこらえた。一平民が公爵令嬢に喧嘩腰で話すわけにはいかない。理性を総動員させていたが、心の中では怒りが沸々と込み上げて臨界点を突破しそうだった。
ゼウスと同じ年のこの令嬢はシャルロット・アンバーという名前で財務大臣の娘だ。上に兄が四人いるが娘は一人だけで随分と甘やかされていると聞く。この娘は父親の特権だか超権だかを発動させて銃騎士隊の人事に首を突っ込み、ゼウスの異動を白紙にしてしまったのだ。
他部隊への異動はゼウスの希望だったというのに。
ゼウスの属している一番隊は貴族を獣人から護衛することが主な仕事だ。しかし、そもそも獣人に襲われることも滅多にない首都で暮らす貴族に獣人専用の護衛が必要なのかは甚だ疑問だ。
仕事の内容といえば彼らや彼女たちのお茶会だの夜会だのに付き従ったり、彼らの自宅を警備して安全を確保することのみだ。そんなものは警務隊にでも任せておけばよいのではと思ってしまう。貴族の中には自分で専属の護衛を雇う者もいるし、自前でそんなものを雇えてしまう彼らは平民たちよりも遥かに安全だと思う。
(一番隊のこの戦力を地方の各隊に分散させれば、民を守る力が増えるのだろうに)
ゼウスは獣害孤児だ。獣人に襲われることの恐怖と絶望は身を持って知っている。政治関係の職に付くなどして社会活動を行っている貴族はまだましだが、親の庇護下に置かれている子息令嬢たちは能天気すぎて腹が立つ。貴族の子供が全員そうなわけではないが、シャルロットのような手合いの貴族令嬢の頭の中は、色恋についてが大半で他はドレスなどの服飾についてや社交の日程しか詰まっていないのだろうかと思ってしまう。
持ち回りで財務大臣の自宅に控えていればシャルロットに頻繁に呼び出され、今日の装いはどの服が良いかと相談されたり、その足で街への護衛にも付いてくるように言われる。
一番最初の街歩きでは「人気の観劇を一緒に見たい」だとか「カフェで一緒にお茶をしましょう」などと言われたが、規定では護衛以外の仕事はできないし破った場合は懲戒の対象になることを話すと不承不承ながらも受け入れはくれた。しかし以降も呼び出される頻度は変わらない。街歩きなどの移動やお茶会など社交活動のための護衛は要請があれば従わなければならない。
銃騎士隊には税金も投入されているために隊員の活動は公務だとみなされているが、政治的役職に付いているわけでもないご令嬢の日常に付き合うことのどこが公務なのだろうと思う。
彼ら貴族の日常が銃騎士隊に手厚く守られている間、遠くで獣人に殺されている人々がいるのだ。
ゼウスは一番隊に長くいるつもりはなかった。ゼウスは昨年のうちにクビにされてもいい覚悟で一番隊長に異動を願い出ていたのだった。次の人事異動で動けなかったら辞職も視野に入れますとまで言っておいた。
三番隊は銃騎士隊の花形と言われているが、異動先はどこでも良かった。むしろ首都から離れた地方の部隊に行きたいと願っていたが、年末に発表された自身の三番隊への異動を聞いた時はこれでやっと貴族のお守りから解放されると安堵した。
それをこの令嬢がぶち壊した。