106 天使か悪魔か
R15です
ジュリナリーゼ視点→セシル視点
「あー! 疲っかれたー!」
様々あったその日の夜、共寝するために訪れたジュリナリーゼの部屋に入るなり、セシルは寝台に飛び込んだ。
「結局あのツンデレおじいちゃん一人だけが貧乏クジ引かされたみたくなっちゃったから、あとでこの世からは消滅しちゃった歴史的価値の高い書物をいくつか復元させてプレゼントしとこうかなー。お店十軒分くらい建て直せる価値があるやつ」
上機嫌でそんなことを独り言ちつつ、寝台の上で寝転びながら頬杖を突き、足をバタバタさせている様は年齢相応に子供っぽい。
午前中に養成学校の遠征から帰ってきたセシルは、解散となったその足でジュリナリーゼに会いに来てくれた。久しぶりにデートをすることになったのだが、とある騒動に巻き込まれ――というかセシルが積極的に突っ込んで行き――デートは中止になった。
騒動の場では一人の少女が放火犯だと疑われていた。しかしセシルの活躍で罪の無いことがわかり、その後、少女は混沌とする現場の中でいつの間にかいなくなっていた。
少女が消えてからもその場は混乱していた。セシルがアンバー公爵家の者たちの淫行写真をばら撒いたからだ。写真は無事に回収されたようだったが、人々の記憶からは消えない。
ジュリナリーゼとセシルは告発したいことがあるというアンバー公爵令嬢シャルロットに付いて警務隊本部に同行した。
セシルが昼間暴露していたように、シャルロットはアンバー家の者たちがセシルの暗殺を企てていたと語った。彼女は証拠まできっちりと揃えていて――それはシャルロットではなくてセシルが用意したのだとジュリナリーゼは気付いたが――アンバー家の断罪は免れようもないだろうという状況になっていた。
アンバー公爵家の者たちや、シャルロットの本当の父親であるという元公爵家嫡男ディオン・ラッシュまで召喚され、セシルの用意した写真からシャルロットの出生の秘密にまで話は及んだ。
場が修羅場と化す中、おそらくセシルが呼んだと思うのだが、ジュリナリーゼの父クラウスまでその場にやって来た。
この国の実質的最高権力者である宗主配クラウスの登場に青褪めたアンバー公爵は罪を認め謝罪した。主犯である三男とそれを諌められなかったアンバー公爵の二人はこれから裁かれることになるはずだ。死罪に近い刑が言い渡される可能性が高かったが、アンバー公爵は多額の賠償金と領地の減封を申し出てクラウスに命乞いをしていた。
宗主配クラウスに刑罰を決める権利はない。しかしそれは表向きの話で、クラウスならば裏からいくらでも圧力をかけられる。この場でクラウスから告げられた刑がそのままアンバー親子が服する刑になる。
結論としてはアンバー家の人間であるシャルロットの告発があったことも考慮して、死罪にまではならなそうだが服役は免れないだろうとのことだった。
アンバー公爵は命だけは助かったことに安堵していたが、もちろんまた同じことをすれば今度こそ命はないと含みは持たされていた。
アンバー公爵は当然のことながら職を辞することになり、爵位も次男ではなく長男側に譲ることで同意した。これはクラウスが望んだというよりはセシルの希望であり、娘のジュリナリーゼよりもセシルを猫可愛がりしているクラウスが、セシルのお願いを叶えた形のようだった。
本日はアンバー公爵側が罪を認め彼らの立ち位置をどうするかまでしか話し合われなかったが、今後は賠償についての内容を詳しく詰めていくのだろうと思った。クラウスはアンバー公爵家から取り上げた財務大臣の職と領地をまた分配することでより権力を強めるのだろう。
この件はまだ一部の人々しか知らないが、明日になれば新聞で大々的に報じられるはずだ。次期宗主配の暗殺未遂事件やそれに伴う当主交代劇、そして公爵家の隠された淫らな関係やシャルロットの出自などの話題で持ち切りになり、首都はしばらく騒がしくなるのだろうなと思った。
「リィー!」
「きゃー!」
寝台の上にいたはずのセシルがいきなり眼前に現れて押し倒される。床に背中が当たる痛みを覚悟したはずなのに、やって来たのは柔らかな衝撃だった。ジュリナリーゼはいつの間にか寝台の上にいた。
しかし驚いている暇はない。セシルが魔法を使ってこの短かすぎる距離を瞬間移動したのだと理解する間もなく、ジュリナリーゼは既にドレスを全て脱がされていて、すっぽんぽんだった。
これもセシルの魔法の仕業である。脱がされたドレスはソファの背もたれあたりに掛けられ、下着類もきちんと折り畳まれて近くに置かれていた。
「ごめんねごめんねごめんねーっ! 今日はデートの後に、というかデートの途中からずうっとリィを堪能しようと思ってたのに、あんなことになっちゃって! 大事な大事な✕✕✕する時間が減っちゃったよっ!」
セシルは悲しそうに言いながらも秒でジュリナリーゼに口付けようとしてくる。
婚約者に迫られたジュリナリーゼは、身体の力を抜いた――――――
******
夜半――――
セシルはふと目を覚ました。あたりは薄暗くて、夜明けはもっと、ずっと先のようだった。
セシルが寝ている間、無意識下でも離すまいと抱きついていた最愛の女性は、まだ彼のすぐそばにいてくれた。
「リィ…………」
セシルはジュリナリーゼに呼びかけてみたが、疲れ果てているらしく、規則的な寝息が返ってくるのみだった。彼女は深い眠りの中にいて、起き出す気配は全くない。
セシルは深い悲しみに彩られた表情でジュリナリーゼをじっと見つめていた。セシルは手を伸ばしてジュリナリーゼの頬を優しく撫でながら、呟く。
「騙してごめんね」
「セシル……」
顔を撫でているとジュリナリーゼがセシルの名を呼んだ。起きたのかと思ったが目は開かず、そのまま寝入っている。ただの寝言だったようだ。
「リィ、愛してるよ。俺の全部を君にあげる。この愛だけは、本物――――」
セシルは眠るジュリナリーゼの唇に自分のものを当てた。
いつか君が俺から離れても、俺は君を愛し続けると誓う。