104 セシルの思惑
シャルロット視点
シャルロットは自分たちを助けようとする行動を起こす少女を呆然と見つめていた。すると、周囲が騒然としている中で、セシルが次期宗主を伴わずに一人だけで歩み寄ってきた。
「安心して。放火の瞬間の写真ならちゃんとここにある。ただ、この写真だけではあなたの恋人が犯人だとまではわからない。まあ、犯人がわかる決定的な瞬間の写真も、俺は持ってるけどね」
「…………あなたは知っていますのね。私たちの罪を」
「全部知っている」
「でしたらこれまでのことは全て謝りますわ。アンバー家をお取り潰しにしたいのであれば、そうなさってください」
シャルロットは、兄たちが言っていたようにセシルが子供であるという認識を改めることにした。影の力を使ったとはいえ、あれらの写真をこの場で出せるとは、只者ではない。
ユトは家を守ってほしいと言っていたけれど、自分一人の力だけではどうすることもできないと思った。ただ――――
「でも、火付けのことだけは黙っていてくださいませんか? あの者に罪はありません。全ては私の責任です。黙っていてくださるのならば何でもしますわ」
セシルはそこで会心の笑みを見せた。
「いいよ。じゃあお姉さんは今日から俺の子分ね。俺の言うことには絶対服従すること。もし破ったら、あのお兄さんが放火犯だってことを表沙汰にするからね~」
「……言っておきますけれど、胸を見せろとかそういうのは嫌ですわよ」
シャルロットは年下はあまり趣味ではなかった。
「あー、違うんだよね。俺には愛しのリィがいれば充分だし、求めてるのはそういうことじゃなくて、とりあえずお姉さんにはアンバー家の当主になってもらおうかなって」
「……はい?」
意味がわからなくて苦笑しそうになるのを、できるだけ普通の笑みになるようにして誤魔化す。
(扇子で口元を隠したいけれど、あの扇子どこ行った……)
「次期当主でもいいよ。でもあなたの本当のお父さんがヤダって言ったら、あなたになってもらう他ないから」
「でも……」
「だって、アンバー家の正当な後継者はあなたの叔父さんの系統じゃなくて、あなたのお父さんから繋がる血筋でしょ? あなたが継いでもおかしな話じゃない」
そうかもしれないが、父ディオンが廃嫡されたのは、表向きは役者になるためという理由だが、本当は、アンバー公爵から母を寝取ったからだ。それも、ランスロットの時のように母が無理矢理したのではなくて、自分からノリノリで母を誘惑したと聞いている。
この話はアンバー公爵側から聞いたものだけではなく、市井で暮らす父にも直接尋ねている。
父からはあっさりと、「そうだよー」という、事の重大さがわかっているのかいないのか不明すぎる軽い返事しか返ってこなかったが、概ねアンバー公爵側の言い分が正しいと思う。つまり廃嫡は妥当。
(叔父に継承権が移っても問題ないと思うけれど…… しかし…………)
シャルロットは何故セシルがこんなことを言い出したのかを考えてみた。
おそらくセシルは先のことを考えているのだろう。つまりは、自分が宗主配になった時のことを。自分の傘下を――――忠実なる駒をできるだけ増やしたいのかもしれない。
正当かそうでないかはこの際あまり関係がない。シャルロットだって人を殺しかけているのだから、正当なのかと問われれば疑わしい。
セシルはそこら辺には目を瞑るから、自分の駒になれと言いたいようだ。自分を害そうとする者たちをできるだけ排除したいのだろう。シャルロットはセシルの殺害計画には全く携わっていなかったのだから。
基本的に貴族の爵位継承は男子のみだ。しかし子に女しかいないような場合は、望めば女子の爵位継承も認められる。
宗主は旧王家の王位継承法の流れを汲んでいるため、女性も男性も平等に宗主になれる権利が与えられている。旧王家の末期では継承できる者が少なくなったために、女子の王位継承権も認められるようになった。
しかし、貴族は旧態依然とした制度が続いていて、男性優位の社会のままだ。
父ディオンは廃嫡の際に不妊の処置をされて放逐されたそうだから、父の子は自分だけである。セシルはシャルロットを当主にするために、父の廃嫡は不当だとか、父とアンバー公爵夫人は本当は愛し合っていたのに引き裂かれただとか、何か理由をでっち上げるつもりなのかもしれないと思った。
そのつもりがあるからこそ、父と母の『寝台写真』まで出してきたのだろう。
ではなぜ自分とユトの写真も出してきたのだろうかと思いながらも、シャルロットはセシルに、「わかりましたわ」と答えた。
「ユトを守ってくださるのであれば、当主でも何でもやりますわ」
公爵家当主の仕事は多忙を極める。シャルロットは次期当主としての教育など全く施されてはいない。
これからは勉強の日々かと、シャルロットは遊び呆けていたこれまでの日常に、さよならをしなければいけないと覚悟を決めた。
(罪人となって離れ離れになるくらいなら、何だって頑張る。そう決めたのだから)
セシルはシャルロットの答えを聞いて満面の笑みだ。
「良かった。それじゃこれから当主交代のために忙しくなるね。まずは俺への暗殺未遂事件を証明しないといけないからさ。証言、してくれるよね?」
「ええ」
シャルロットは頷いた。母は兄ランスロットにとても酷いことをした。けれど七歳で死別した母は、シャルロットにとってはとても綺麗で愛すべき自慢の母だった。何も殺すことはなかっただろうと、今でも思っている。
「子分って言ってもさ、俺に付いてくれば色んな良い目を見させてあげる。俺のそばにいれば色々とお得だよ?」
セシルはそう言ってパチリとウインクをしてみせた。先程まではセシルを底知れないように感じて恐ろしく思っていたが、そんな仕草をする超絶美少年はかなり―― そう、とてつもなく可愛らしい。
望まれた場合はちょっとだけなら胸を見せてあげてもいいかもと思ってしまった。
「あ、そうだ。アンバー公爵家の醜聞をできるたけ最小限にするためにさ、シャルロットお姉さんはユトお兄さんと結婚してね。『公爵令嬢と従者の秘密の恋の成就』だなんて、きっと美談になるよ! おめでとう! ブラボー!」
シャルロットは、「うっ」と唸ったまま、しばらく固まっていた。
(さようならゼウス様…………)
失恋決定。銃騎士であるゼウス様と結婚するというシャルロットの夢が、ガラガラと崩壊した。シャルロットは心の中だけで泣いた。
「言っておくけどさぁ、ゼウス先輩って全然脈なかったじゃん。あの人、シャル姉に殺意抱いてたりしてたのわからなかった? あんな激しい人をよく好きになれるよね。結局顔だけだったんじゃない?」
(この子見かけによらず結構ズバズバ言うのね。それにシャル姉って略された……)
「燃え上がるような激しい恋よりもさ、やっと気付いたすぐそばの大切な人と、幸せを築いてほしいなーって、俺は思うんだ」