103 敵に塩を送る
ユト視点
ユトは恥ずかしい写真を回収しに走りながら気付く。
写っている男女は、シャルロットとユトの組み合わせだけではなかった。
「これってもしかして俳優のディオン・ラッシュじゃないか?」
その名前を聞いてシャルロットはハッと顔を上げていた。
「本当だわ! すごく若いけどディオン・ラッシュよ!」
「これはすごいお宝だ! 高く売れるぞ!」
「やめて! ディオ様が子供の頃にこんな破廉恥なことをしてるわけないわ! 何かの間違いよ!」
そう言ってディオンのファンらしき女性は写真を握りしめたまま号泣している。他にも衝撃を受けて呆然としている様子の女性たちが何人かいる傍ら、写真を売り飛ばす目的で収集を始める者たちもいた。中には写真を見てニタリと笑った後にそっと懐にしまうような者もいた。
「まあ、なんて恥知らずな……」
「信じられませんわね……」
それから、シャルロットが連れて来た貴族たちは、写真を見た後にシャルロットに嘲りの視線を向けながらクスクスと笑い、小声で囁やき合っていた。
しかし、貴族たちの中でも特に年嵩の貴族やその従者の何人かは、彼女たちとは明らかに反応が違っていた。
「これは…… アンバー公爵夫人…………」
写真はシャルロットとユト、それから十代のディオン・ラッシュが性行為をしていると思しき写真ばかりだったが、ディオンのお相手はどれも同じ顔の女性が写っていた。
十年ほど前に馬車の事故で亡くなったアンバー公爵夫人である。
アンバー公爵は三番目の妻に先立たれた後、『結婚相手が次々と死んでいくのでもう結婚はしたくない』と言って後添いを持とうとしなかったので、「アンバー公爵夫人」といえば最後に亡くなったシャルロットの母を指す。
ディオン・ラッシュは元はアンバー公爵家の嫡男だった。しかし十代の頃に、貴族をやめて舞台俳優になると言い出した為、激高した父親に公爵家を放逐された、と言われている。ディオンはアンバー姓を名乗ることは許されず、苗字を変えた名前をそのまま芸名としていた。
写真を驚愕の面持ちで見つめる貴族関係者たちは考える。公爵家の元嫡男が亡き公爵夫人と関係を持っていたとは、一体どういうことなのか――――
「あっ! 何をする!」
「申し訳ありませんがこれらをお渡しすることは出来ません!」
ユトが写真をこっそりと持ち帰ろうとする者たちから写真を取り上げていく。みすみす主家の醜聞を広げる訳にはいかなかった。
しかし、周囲にはかなりの人が集まっていたので、写真を拾って懐の中に隠してしまった者全員を見つけ出すのはかなり困難に思えた。
(全ての写真を回収しきるのは無理だ……)
ユトは悔しさに歯噛みしながらも未だに地面に落ちている写真を回収し続け、集まる人々に写真を持っていたら渡してほしいと根気よく話し続けた。
「あなた写真持ってますよね? 出して!」
そんな中、ユトと同じように一人一人に声をかけて写真を回収している少女がいた。
ユトと彼の主人が冤罪を擦り付けようとした少女だった。
何故か不思議なことに、彼女が声をかける相手は百発百中で写真を隠し持っていた。
「あの…… すみませんがその写真は……」
ユトは少女に声をかけた。売り払って金に変えるつもりかもしれないが、流出は何としても防ぐつもりなので、強引に毟り取ってでも写真を渡してもらおうと思っていた。
「あ、はい。これ回収した分です」
しかし気負いながら声をかけたユトに向かって、少女はあっさりと写真を手渡した。
「あの…… どうして…………」
「こんな写真を知らない人が持ってるなんて嫌じゃないですか。大丈夫です、残りも全部見つけてきますよ」
少女はにこりと笑ってからまた別の人に声をかけに行った。




