102 アンバー公爵家の秘密
少しR15
シャルロット視点
シャルロットの脳裏に蘇るのは吐瀉物に塗れながら俯き泣いている幼いランスロットの姿だった。
ランスロットはもう過去の出来事だと割り切っているけれど、傷痕は確かに彼の中に残っている。ランスロットは未だに男しか愛せない――――
アンバー公爵は三番目の妻であったシャルロットの母を殺した。
シャルロットは母の葬儀の日に自分の出世の秘密を知った。
シャルロットだけは他の兄弟と父親が違っていた。シャルロットは母の不貞の果てに生まれた子供だった。
しかも、母がアンバー公爵の長子ディオンとの間に宿した子で――――
アンバー公爵自身は何も語らなかったけれど、穢らわしいものを見るような目付きで子供のシャルロットを見下ろしていた。アンバー公爵がシャルロットをそんな目て見たのは一度だけで、自分の孫には違いないと思っていたのか、表面上は父親らしくしてくれた。好きな物は何だって買い与えてくれたし、どんなわがままでも聞いてくれた。
けれど、優しさを装いながらもシャルロットを見る瞳の奥底には、いつだって侮蔑の色があった。彼はシャルロットを通して、自分を裏切った母を見ていた。
自分の本当の父を思う時、シャルロットの胸にはいつだってレモングラスの香りがあった。
「……アンバー公爵令嬢、一度お話を伺わせて頂きたく我々と共にご同行願えますでしょうか。いや、それよりも先にそちらの写真を拝見させて頂くのが先ですね」
「ま、待って……」
警務隊員たちがセシルの持つ写真を確認しようと進み出るのを見たシャルロットは、彼らの動きを全身で止めようと声を上げ、立ち上がると令嬢らしくもなく走り出そうとした。しかしユトがそれを止める。ユトは腕の中にシャルロットを閉じ込めるようにして抱きしめた。
「ユ、ユト…… 駄目よ……」
二人の関係は公には秘密のはずだ。貴族と平民の結婚が可能になったとは言え、遊びならいざ知らず使用人との結婚なんて、シャルロットの祖父であり養父であるアンバー公爵は決して許してくれなかった。
この恋はずっと秘密のままにしておくつもりだったのに、こんな風に人の目のある所で強く抱擁してくるのは駄目だと思った。シャルロットはユトの腕から逃げ出そうとしたが、ユトの力は強かった。
「……もう良いのです。あれは私が一人で勝手にやったことです。お嬢様は何も知らなかった。そういうことにしてください」
「何を……」
小声で囁くユトの言葉からシャルロットは彼の覚悟を知り、言葉が続けられずに絶句する。
「それよりも、アンバー家のことです。殺害計画は未遂に終わったのですから、何とか家を守ることだけを考えてください」
――俺は捕まったらもうお嬢様の力になって差し上げられませんから。
そう言われてシャルロットの目にじんわりと涙が浮かぶ。「そんなの許さないわよ」と言って縋るようにユトの身体に回した腕に力を込めた。
「愛していますお嬢様。私のすべてはあなた様のものです。私が生涯で愛する女性はシャルお嬢様唯お一人だけです。どうか私のことを忘れないでください」
シャルロットはその言葉で痛感した。ユトが放火の犯人として自首するつもりだと。
シャルロットはこの段階になってようやく自分が仕出かした事の重大さを自覚した。自分の罪を被る形でユトが辛い目に遭ってしまう。
ユトが自分から離れていってしまう――――
空気のようにいつもそばにいたユトを失うことは、シャルロットにとって身をもがれるのに等しかった。
(どうか神様! 謝ります! 殺すつもりはなかったけど古書店に火を付けさせたり平民女を娼館に売ろうとしたり高い所から落とそうとしたことは謝りますから! もう二度としないと誓いますから! どうかユトだけは助けてください! ユトが助かるなら何でもします! もう悪いことは絶対にしません! 償いのために世のため人のために働けというなら、一生懸命頑張りますからどうかっ!)
シャルロットは信じてもいない神に祈った。
その祈りが通じたのかどうかはわからないが、突然熱い抱擁を始めたシャルロットとユトを横目に、少し気まずけに咳払い等をしながらセシルに歩み寄る警務隊員たちと、同じく彼らに歩み寄ろうとしていたセシルは――――――――――全員同時に何もない場所でズッコケた。
まるで喜劇のようなその様子に、セシルの近くで立ち尽くしていたジュリナリーゼは、一瞬呆気にとられた様子で瞬きを繰り返した。
セシルが持っていた写真の束が転んだ拍子に空中に舞い上がり、さらに何故か突然吹き抜けた突風に煽られて広がり、その場に集まっていた人々の元へと落ちていく。
「こ、こ、こ………… これはっ!!」
写真を拾い上げた男性がカッと目を見開き、それを凝視する。
写真を見た女性たちも、キャーと悲鳴を上げたり顔を赤らめたりしている。
周囲の喧騒が気になり、二人だけの世界にいたシャルロットとユトも顔を上げた。ハラリ、ハラリと遅れて落ちてきた写真の一枚をユトが掴む。
「おおおおお嬢様ぁーーーーっ! こ、ここここれは大変ですっ!!」
普段から大人しいユトが、写真を見た途端に顔を真っ赤にして錯乱したようになり、奇声めいた声でシャルロットに告げた。
『何事?』と訝しむシャルロットもユトの手の中にある写真を覗き込むとすぐに目を見開き、「きゃあああああ!」と盛大に悲鳴を上げた。
ユトが持っている写真に写っていたのは、裸で睦み合うシャルロットとユトの写真――
いわゆる『寝台写真』というやつだった。大部分はユトの背中であり際どい所までは写っていないが、まさに公爵令嬢と従者が致している最中だとわかるものだった。
「いやーっ! 何これ何これ何これーーーーっ!!」
「お、お嬢様の柔肌が他の男に見られて……っ! くそっ! すぐに回収して参りますっ!」
赤面しながらユトが回収しに走る男女の写真の数々は、いい感じに際どい所は隠されていた。
シャルロットは恥ずかしさから真っ赤になり、キャーキャー叫びながら顔を覆ってその場に座り込んだ。
シャルロットにとって物事は好転どころか悪化した――――ように見えた。