101 令嬢の悲鳴
シャルロット視点→ユト視点
「あなたのお父様とお兄様は俺のこと『ちんちくりん』とか言っていたらしいじゃない。ただの子供だもんねー、殺せるとか思っちゃうよねー。
あなたのお兄様ってリィに惚れてて本気で結婚するつもりだったんだよね? その気持ちについては俺はとても良くわかるよ。リィはすごく綺麗で優しくて唯一無二の最高の女性だからね。次期宗主とかそんなの関係なしに、一生をずっとリィと一緒にいられたら絶対に幸せだと思う。
でもお兄様はちょっとやり方を間違えたね。早めに色狂いを直しておくべきだったよ。リィが振り向いてくれないからって手を出して泣かせた女の数がちょっと多い。お金で解決はできるけど、人の思いはそんなに簡単に割り切れるものじゃない。
中には裏切られても、ずっと愛する人への思いを持ち続けてもがき苦しみ、やつれ果てて目も当てられないような状態になる人もいる。性豪なのは悪くないけど、相手を悲しませないようにしなきゃね。
リィと結婚すると信じてたから婚約者もずっと立てなかったんでしょ? だけど今更高位貴族で婿入りできそうな相手を探したけど上手くいかなくて、そのことで俺を逆恨みするとか筋違いでしょう。そりゃ二回りくらい年下の赤子同然のご令嬢の家くらいしか残ってないよ。
家柄とか年齢とか色々考えてリィの結婚相手は自分しかいないって慢心してたのかもしれないけど、本気だったのならそれなりの行動をすれば良かったんだ。いくら何でも、結婚したら多方面から槍でも飛んできて新聞社や雑誌社に話題をたくさん提供できそうな多情な相手をリィが選ぶわけないでしょ。
もし俺が死んでもあなたのお兄様が次期宗主配になることだけは絶対にないから、今後の身の振り方をよーく考えておいた方がいいよって、次会ったら伝えておいて」
シャルロットの三番目の兄が聞いていたら、恥ずかしさと怒りのあまり泡でも吹いて倒れそうな内容を、次期宗主配に内定している少年は朗々と語った。
シャルロットは発言の内容に戦々恐々としていた。セシルの言っていることが全く以てその通りだったからだ。
三兄は女好きであるにも関わらず、娼館の女たちは商売人っぽくて嫌だと言ってあまり利用せず、従順そうな平民女を引っ掛けては堪能した後に金の力で黙らせて切り捨て、時には性欲処理のために口の硬い使用人を夜の自室に引き込んだりもしていた。
三兄の素行は社交界でもあまり浸透していない話なのに、セシルは全てを把握しているような口振りであることに、恐怖に似た感情を抱く。
特に、「ちんちくりん」の件は本人たちも他に聞かれたらまずいと思ったのか、使用人も席を外して人払いをした家族だけの場でしか言っていなかったのに、セシルはそれを知っていた。
シャルロットがいない場ではもっと言っていたのかもしれないが、彼女自身が実際に父と兄からその「ちんちくりん」という記憶に残りやすい特徴的な言い回しを聞いたのはたったの一度だけである。そんな些細なことを知っていたことに驚きを隠せない。
つまりはセシルの影がとてつもなく優秀だということだろう――――
だとするならこの子供、一体どこまで知っているのか――――――
「俺はこれからのアンバー家のことが本当に心配だよ。息子を諌められなかったご当主様にはご退場頂くとしても、長男は既に廃嫡、次男が次期当主の予定だけど性格に難ありと言われてるし、三男は言わずもがな。それに四男は――――」
「やめてっ!」
シャルロットがセシルの言葉を遮るような大きな声を上げた。
「お願い! それ以上は何も言わないで!」
シャルロットは叫ぶと扇子をその場に取り落として両手で顔を覆い、崩折れるようにその場にしゃがみ込んで慟哭し始めた。
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セシルは慟哭するシャルロットを離れた場所から見ているのみで、四男についての言葉の続きを語ることはなかった。
ユトはこちらを見つめる少年の瞳の奥に、一瞬だけ憐憫の情が見えたような気がした。
「お嬢様っ!」
ユトはすぐにセシルから視線を外し、シャルロットだけを見つめてそばに寄り添った。