99 義姉さんと呼ばないで
『助けに来たよ、義姉さん』
華麗なる二人を見つめるナディアの頭の中に、やや高めの少年らしい涼やかな声が響く。セシルはこちらに視線を向けながら精神感応で言葉をかけてきた。
何となくそうかなと思っていたが、ブラッドレイ家四男セシルもまた、兄たちと同様に魔法が使えるようだった。
彼はナディアを見ながら微笑んでいたが、特に『義姉さん』と伝えてきた声の中に、まるで面白い玩具でも見つけたかのような、楽しそうな響きがあったように思えたのは気のせいか。セシルからの視線はすぐに逸らされた。
「……」
ナディアはセシルからの言葉に咄嗟に何の反応も返せなかった。以前彼の兄に同じようなことを精神感応で呼びかけられた時は、すぐさま眼力で否定しにかかったが、今はそんな未来もあったかもしれないと胸が痛み、すぐには否定できない。
「これは一体どうした騒ぎなのでしょうか?」
声を上げたのは次期宗主ではなくセシルだった。可憐に微笑みつつ首をこてりと傾ける仕草があざとい。『これわざとやってるな』とナディアは何となく思った。セシルは自分の容姿の利用価値をよくわかっているのかもしれない。
ジュリナリーゼはセシルのそばに寄り添い周囲の状況を見守っているだけで言葉は発しない。まだ婚約者のままだとは思うが、夫唱婦随とでも言うのか、佇む二人からは長年連れ添った熟年夫婦感が滲み出ている。セシルからはジュリナリーゼへの深い愛情、ジュリナリーゼからはセシルへの強い信頼が感じられる。
(本当にどうするつもりでいるんだろう、この状況…………)
むー、と、ナディアは険しい表情から難しいことを考えている表情に変わった。
『そんなに難しい顔しなくても大丈夫だって。何とかなるなる♪』
(軽っ!)
ナディアは今度は呆れ顔になった。
未来の宗主夫妻の出現に周囲は朗らかな表情を浮かべる者たちが多い。銃騎士隊訓練生であれば職業的地位は警務隊員たちの方が上だが、次期宗主配であり、何より「超絶可愛らしくて庇護欲満載美少年がお尋ねになられている!」と警務隊員たちは胸を撃ち抜かれながらそわそわしていた。
隊員たちはこの騒ぎのきっかけを作ったシャルロットに向かって一様に視線を送っているが、当のシャルロットは本来の表情を悟らせまいとでもしているのか、扇で口元を隠しながら顔に笑顔を浮かべているのみで何も言わない。
ジュリナリーゼが現れるまでその場にいた一番高貴な人物はシャルロットだった。持ち上げられ羨望の眼差しを受け取るのは彼女であるはずだったのに、周りの者たちはもうシャルロットには見向きもしない。
シャルロットがそれを内心で憎々しく、悔しく思っていることは、今も彼女をそばで見つめて思い続けているユトだけがわかっていた。
「えーと、それはですね…… 実は昨日こちらの古書店で火事がありまして、この少女が火を付けたのではないかと嫌疑がかけられておりまして、真実かどうか尋ねている所なのです」
口を開かないシャルロットに代わり、警務隊員が事情を簡単に説明する。
「そうなの? このお義姉さんが放火を?」
「は、はい……」
「へー、このお義姉さんが放火かぁ、お義姉さんがねー、ふーん」
言いながらジュリナリーゼと手を繋いだままのセシルが近付いてくる。存在感が光りすぎている者二人で近付いて来ないでほしいと思った。それに――――
この国では「お姉さん」も「お義姉さん」も同じ発音である。セシルにそう言われると、何だかそわそわしてしまう。
「でもそういうのってこんな大勢の人の前じゃなくて、ちゃんとしたしかるべき場所で聞くものなんじゃないのかな? 人権も何もあったものじゃないよね。僕みたいな子供でもわかるのに、どうしてこんなことになっているんだろう?」
再びセシルはこてりと首を傾げ、あくまでもにこやかに微笑む。セシルはまだ成人を迎えておらず子供ではあるのだが、次期宗主配からのそこはかとなく圧を感じるお言葉に、警務隊員たちは恐縮しきりである。
「も、申し訳ありません! アンバー公爵令嬢がこの場で彼女を裁くと言って……!」
名前を出されたシャルロットがぎょっとする。
「な、何ですの! あなたたちだって止めもしなかったではないですか!」
この場に格上である次期宗主たちが割って入ってくるとは思っていなかったらしく、シャルロットは慌てて自分は悪くないという持論を展開する。
「私は良かれと思って警務隊の皆様の手間を減らそうとしただけですわ! 少しでも早く悪が滅びて世の中が良くなることに貢献したかっただけですの!」
「へぇ。こんなに人の目がある場所でやって、犯人にされた人が注目を浴びても構わなかったの?」
「仕方のないことですわ!」
「そうなんだ。じゃあ、あなた自身がこの場で都合の悪いことを追及されることになっても、特に気にしないってことでいいね?」
「え?」
シャルロットは言われている意味がわからないという風なキョトンとした顔をした。