9 手紙
手紙を書くと言っていた通り、オリオンがいなくなってからしばらくして、差出人不明の手紙が届いた。
手紙は人間社会での通常の輸送方法と同じくポストに入っていた。里では時々人間が用足しに街まで行くことがあったので、頼めば手紙を出すことも可能だ。
ただ、こちらから返事を書くことは難しいかもしれない。
(ジュリアスあたりに頼めば銃騎士隊独自の経路を使って届けてくれるかもしれないけど、そこまでは……)
オリオンが行ってしまった後、ナディアは自分で食事を作っていたが、里にいた頃は料理上手な義母が全部やっていたのでそれほど経験もなく、失敗続きだ。
時々オリオンが作ってくれた料理の味を懐かしく思い出す。
オリオンは仕事場で食べるお昼のお弁当まで作ってくれていた。蓋を開けるとだいたい「好き♡」とか「結婚したい」といったことがソースで書かれたり、肉に刻まれたりしていてげんなりしたものだったが、今思い出すと少し笑えてくる。
オリオンは恋人候補としては否を突きつける相手ではあるが、ナディアの生活の面倒を見てくれて何度も食事を共にした相手なので、情はある。
ナディアはオリオンが里でちゃんとやれているのかを確認したくて手紙を開いたのだが――――
『ナディアちゃんに浮気防止の魔法をかけておくのを忘れちゃった。くれぐれも、くれぐれも他の男に口説かれたり誘惑されてもついて行っちゃ駄目だよ! 俺のこと忘れないでね。ナディアちゃんはすごく可愛いから心配です』
手紙の冒頭からそんなことが書いてあったので、またあの条件を付けて死ぬ呪いをかけるつもりだったのかと思い、手紙を即ゴミ箱に投げ捨ててやろうかと思ったが、思い留まって最後まで目を通してから手紙を文机の引き出しにしまった。手紙には里での近況が書かれていてとりあえず無事なようだった。
ナディアが手紙を捨てなかったのはナディアのことを『可愛い』と書いてあったからだ。義兄のセドリック以外でそんなことを言ってくれた男性はオリオンが初めてだ。嬉しいか嬉しくないかと問われれば前者だろう。
その後も定期的に手紙が届いたが、二通目からはナディアへの愛の言葉と共に早く結婚したいという内容が手紙の大半を占めるようになり、三通目からは開封せずにただ文机の引き出しにしまった。
手紙は読まなかったけれど、ナディアはそれを捨てようとはしなかった。