1 パーティー追放
「おめでとうございます! 今回のクエスト達成であなた方のパーティー『黒猫』はBランクに昇格しました!」
冒険者ギルドの受付カウンター。パーティーのリーダーであるエヴァンスがクエストの達成を報告すると、受付嬢がパーティーの昇格を告げた。
「よっしゃー!」
「やったー!」
3人の仲間がハイタッチを交わし、盛大に喜び合う。
しかし、リアムが彼らからハイタッチを求められることはない。見向きさえされない。彼らの喜び合うその光景をただ見つめていた。
同じパーティーの仲間であるはずなのに。
『黒猫』はエヴァンス、ロディ、アーミス、そしてリアムの4人で構成される冒険者パーティーだ。
この都市で最も勢いのあるパーティーの一つとして評価されている。
今回の昇格を含めると、たった2年間でEランクからBランクへと昇格したことになり、その早さは異例中の異例とされている。
しかし、雑用を担当するリアムはパーティー内で冷遇されている。
雑用の主な仕事は、魔物との戦闘以外のほぼ全てだ。
クエストに必要な物資の買い出し、荷物の運搬、野営の用意、料理、魔物の解体、素材の売却交渉……とクエスト内外で多岐にわたり、仕事量は多い。
夜明け前から起床して働き、日付が変わってからボロ宿に帰宅する日々を過ごしている。
雑用をメンバーから当たり前の仕事として認識され、感謝を伝えられることはない。
報酬の分け前は他のメンバーより明らかに低く設定され、宿代と食事代を差し引けば残る金はごくわずか。
薄給、激務、僅かなやりがい。
それがリアムの仕事だ。
パーティーの成長は数少ないやりがいだった。
特に今回のBランクへの昇格はこれまでの仕事が報われたようで嬉しかった。
Bランクに昇格することでクエスト自体の報酬が上がるため、分け前が増えることも少し期待している。
ようやくボロ宿とおさらばできるかもしれない。
仲間との喜び合いもそこそこに、黒猫のリーダーを務めるエヴァンスが語り始めた。
「今までありがとう、みんな。僕らはようやくBランクパーティーになることができた。一人ひとりがパーティーにしっかりと貢献してくれた成果だと思う。だが――」
それまでの穏やかだった空気がたちまち凍てつくように変わる。
「この場にふさわしくない人物が一人いる。いくら雑用とはいえ、もう限界だ」
エヴァンスが鋭い目つきで僕を見つめた。
「リアム、君をこのパーティー『黒猫』から追放する」
「……え?」
突然のエヴァンスからの追放宣告。
異常事態を察したのか、何事かとギルド内にいる冒険者やスタッフからの注目が集まる。
(僕を……追放……?)
リアムは彼の言葉を理解することができず、呆気に取られる。
「今日で俺ら『黒猫』はBランクに昇格した。でも、まだゴールじゃない。これからAランク、そしてSランクを目指していく。劣化スキルでパーティーに全く貢献できない君をいつまでも置いておくことはできない」
スキルは15歳を迎えた人間が一つだけ授かる能力のことだ。
その恩恵は生活に大きく影響するため、スキルを活用できる仕事に就くことが当たり前だった。
片手剣術であれば騎士や冒険者になり、栽培であれば農家になり、料理であれば料理人になるのだ。
リアムは『料理β』というスキルを授かっていた。
『料理』は定番中の定番として有名なスキルだけど、『料理β』は聞いたこともないスキルだった。
しばらくして、発動方法と能力が全く判明していないユニークスキルであることがわかった。
スキルの能力はスキル名に関連している。
『料理』が「素早く、正確に料理する」能力であるように、『料理β』も同じように料理に関係するスキルだと思っていた。
けれど、リアムは『料理β』を使うことができていない。
スキルを使うためにはその発動方法と能力を知る必要がある。
リアムは何度も料理をして確かめたけど、素早くなることもなく、正確になることもなく、味に変化をもたらすわけでもなかった。
スキルが『料理β』だからと雇ってくれた酒場があった。
けれど、スキルを使えなければただのお荷物という扱いで、しばらくして解雇された。
使うことできないスキルは劣化スキルと呼ばれている。
リアムの『料理β』もそうだった。
『料理β』を使うことができないリアムは、冒険者になることでしか生きていく選択肢が残されていなかった。
スキルを活用できる仕事に就くことが当たり前の世界だけど、冒険者になることは誰でもできた。もちろんスキルを問われることもない。
冒険者ギルドに登録料を支払うだけで資格を得ることができ、それからはランクに応じて自由にクエストを受注することができる。
しかし、冒険者になることと冒険者として活動することの間には天と地の差がある。
実際、冒険者の大半が魔法や剣、盾に関連した戦闘系スキルを持っている。
リアムのようにスキルを使えない人はごく僅かだった。
それもそのはず、戦闘系スキルがなければ魔物に太刀打ちすることは難しいからだ。
リアムは冒険者になってすぐに雑用として『黒猫』に加入することができた。
戦闘系スキルでないどころか、スキルを使うことすらできないリアムが単独で冒険することは難しい。
パーティーの加入は生存確率を上げる大きな手段だった。
仕事量は多く、睡眠時間を削って仕事することは日常茶飯事だったけれど、雑用としてでも自分を拾ってくれたパーティー、そして仲間に感謝していた。
少しでも『料理β』のマイナス評価を挽回してパーティーに貢献したい一心で、日々の雑用をこなしてきた。
リアムはエヴァンスを見つめ返した。
「確かに僕は『料理β』というスキルを使うことはできない。でも、雑用としてきちんと仕事をしてきたじゃないか……パーティーを支えてきたじゃないか!」
仲間に対しての初めての反論だった。
いくらスキルを使えなかったとしても、雑用という役割だったとしても、十分にパーティーに貢献してきたはずだった。
彼らがリアムを格下に見ていることはわかっていたけど、突然の追放宣告を受け入れられるはずはなかった。
黒色の鎧を着た大柄な男、盾役のロディが大げさにため息を吐いた。
「勘違いしているな。この機会に教えてやるが、雑用の仕事でパーティーのランクは上がらないし、報酬は出ない。俺ら3人が魔物を討伐してクエストをクリアしてきたから、パーティーはBランクまで上がったんだ」
それを言われると返す言葉がなかった。
ローブに身を包んだ女、魔術師のアーミスが嘲るように挑発的な笑みを浮かべて続けた。
「そうよ。あなたは私たちのおこぼれに与っているだけじゃない。一人で魔物を討伐するどころか、ダンジョンに潜ることすらできないでしょう? 調子に乗らないでほしいわ」
仲間からの心無い言葉。
リアムは自身の表情が凍りついていくのがわかった。
雑用を一生懸命取り組んでいれば、いつか成果を認めてくれる。そして、きっと待遇を改善してくれる。
その思いで冷遇されながらも二年間活動を続けてきた。
しかし、結果はパーティーからの追放宣告と仲間からの心無い言葉だった。
彼らから全く必要とされていなかったことをようやく悟った。
「……わかった。パーティーを辞めるよ」
努力が足りなかったのだろうか。
何かを間違えていたのだろうか。
ただひたすらに悔しさがこみ上げる。
「そうか。ようやくわかってくれたか」
エヴァンスが満足そうに頷く。
「――ああ、そうだ。これが今回のクエストの報酬の分け前だ」
エヴァンスから5000ゴールドが手渡される。
2、3日分の宿代と食事代で消えてしまう金額だ。
今回のクエスト報酬は80000ゴールドだったはずだ。
準備費用の10000ゴールドを差し引いたとしても、リアムの分配が明らかに少ないことがわかる。
「おい、報酬のお礼はどうした?」
ロディが言った。
クソくらえ、ともらったお金を投げつけてやりたかった。けれど、何とか思いとどまった。
貯金が全くなく、明日からパーティーでの収入がなくなることを考えると、今のリアムにとってこの5000ゴールドが生きるために欠かせないことは明らかだった。
「あ……ありがとうございます……」
リアムは絞り出すように言葉を口にした。
「じゃあ、僕らはこれから君の脱退手続きをするから。今までご苦労だったね」
エヴァンスは一言告げると、すぐに受付嬢へと顔を向ける。
「彼の脱退手続きを行うから用紙をくれる?」
「は、はい。こちらにご記入をお願いします」
エヴァンスが用紙を受け取ってペンを走らせ始めた。
ロディとアーミスはそれを満足そうに見つめ、先程まで群がっていた野次馬はすでに散っている。
もう誰もリアムのことを見ても気にしてもいなかった。
これ以上一秒たりともこの場所にいたくなかった。
俯き、唇を噛み締めながら、早足で冒険者ギルドを出た。
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