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嘘~光のための影~

 嘘で始まった物語は、嘘で終わらせればいい。

 そう自分に思い込ませたあたしは、取る物もとりあえず家を飛び出した。

 カズキに会うことは、あたしにはできなかった。

 きっとあたしと会えることを楽しみにして、今日この町にやってきたんだよね。

 でもあたしの嘘のせいでこんな想いを育ませ、そしてやっぱり、それを叶えてくれる神様を紹介してやることもできなかった。

 ごめんね。

 カズキが望むなら、あたしは何度だって謝ってあげる。

 でも悪いけど、カズキにはもう二度と会えないから。

 会えないんじゃない。

 あたしにはカズキに会える資格なんてないから。

 だからこの太陽の昇る町であたしに会うことができなくても、自分を責めないでね。

 悪いのはすべてあたし。

 そう、あの日あたしがついた嘘からすべては始まったんだから。


 太陽の機嫌はすこぶるよかったのに、駅前の閑散とした様子は妙に切なかった。

 夏休みだっていうのに、はしゃぐ子供たちも、浮かれる若い人たちも、そしてそれに馴染むあたしより年上の人たちの姿も、全然と言っていいほどなかった。

 みんなどこに行ってるんだろう。

 どこに居場所があるんだろう。

 それを考え出したら、あたしはたまらず泣きそうになった。

 だってこんな想い出しか残らない夏になるとは、あたしも思っていなかったから。

 春はよかった。

 桜がきれいで、あたしを待っている人たちもいて、何よりあたし自身が待っている、早くこの町にやってきてほしいと想える人がいたから。

 でももうそれも終わった話だ。

 いつまでもあの温かい想い出の中にいたいのに、ほんの微かなことすら思い出してしまうと、あたしはこの町から出ることができなくなっていた。

 だからあたしは行かなくちゃいけない。

 あの電車に乗らなくちゃいけない。

 後で悔やむくらいなら、先に悔やんだほうがいい。

 先に悔やむくらいなら、悔やむこと自体をしないほうがいい。

 つかなくてもいい嘘は平気でつくくせに、つかなくちゃいけない嘘は嫌でもつくことができない。

 あたしは最低な女。

 そんな最低な女は、カズキみたいな眩しい光に照らされちゃいけない。

 カズキの望む真っ白な光を遮る真っ黒な影。

 それが今のあたし。

 苦しいけど、それがあたしの選択した、選択せざるを得なかった居場所なんだ。

 あたしはそこへ行く。

 光も影も何もない、そんな小さな場所へあたしは向かう。

 きっとあの電車があたしを運んでくれるはずだ。

 あたしは改札に向かった。

 そのとき少しだけ瞳が潤んでいた。

 聞き慣れない声を聞いたのも、それとちょうど同じタイミングだった。

「山岸美貴さんですよね?」

 あたしの焦点に合わさったものは、たぶん一度くらいは見たことがあるんだろう、この町の郵便屋さんだった。

「はい、何か?」

 あたしがそう尋ねると、この人はまったく思いもしない言葉をあたしに発した。

「ずっと前からあなたのことが好きでした。でも僕よりもあなたのことを好きな人がいます。これはその人のあなたへの想いです」

「はい?」

 自分が今どういう状況にいるのか分からなかった。

 まったく思い当たるふしはないのに、あたしはどうやら告白されたらしい。

 でも何でこんな場所で?

 ずっと前からっていつからなの?

 って言うか、この手紙は何?

 差出人三原一樹って。

「あの……」

 カズキの名前から元に戻した視界にあったものは、足早にあたしの前から立ち去ろうとするバイクとその主だった。

「ねぇ、ちょっと!」

 それを追い掛けようと一歩足を前に出したけど、すぐにそのスピードには勝てないと悟った。

 ひとりこの場に放置されたあたしは、自分が何をしようと思っていたのかも忘れていた。

 あたしの知らないところで物語が発生していたことや、あたしの存在によって何人もの人々の想いを揺れ動かしていたことが、あたしにそうさせたんだ。

 頭の中はいろんな想いで混乱を続けていたけど、何とかそれを探そうとした。

 そしてちょうど同じころ、答えのかけらとなる右手に力がこもった。

「ミキ!」

 カズキ。

 あたしはやっと今ここにいる目的を思い出した。

 でもその声の必死さに、それを果たすことができなかった。

 あたしはかつての夢を今ようやく叶えることができたのに、少しもうれしい気持ちに駆られることはなかった。

「何でここにいるの」

 あたしじゃないものを視界に入れているカズキのことを、あたしも見つめることなく、そうつぶやいた。

「何でって……。それより、あいつミキの嫌いな嘘つきなんだよ。あんなやつ、ミキのことを絶対幸せにできないって」

 意味が分からなかった。

 って言うか、あたしの頭の中はすっかり整理されていて、ひとつのことしか考えることができなかった。

「早く帰って。もうカズキには会いたくないから」

 それでもカズキは相変わらず意味不明なことをつぶやくのみだった。

「俺、あんなやつには絶対負けないし、二度と嘘もつかない。だからもう一度俺のことを信じてよ」

 とても必死な声だったけど、あたしがそれに揺らぐことは決してなかった。

「帰ってよ! もうカズキのことなんか何も想ってないから!」

 少し強く言い過ぎたかなとも思ったけど、これからのカズキのためを思ったら、こんな言葉を言うしかなかった。

 カズキは目線を下にした。夢を夢だと思っていたときは、こんな態度がたまらなくかわいかったけど、今はそうも思えなかった。

「カズキが行かないんなら、あたしが行くから」

 思い出した目的を果たそうと動き出したあたしの言葉に、ようやくカズキは視界を元に戻して、あたしを呼び止めた。

「待って! ねぇ、その手紙……」

 どんな言葉を言われても、直進以外はしないと決めていたのに、あっさりとその決意は崩れてしまった。

「一生懸命書いた手紙だったから、ミキからの返事はないんだなって分かったとき、俺の中の光も消滅した。それで今日この町に来たんだ。この旅でこれまでのすべてを忘れて、これからのすべてを手に入れようって。でも急に光が射したから……」

 ずっと握りしめたままだったこの手紙を、あたしは今初めてじっくりと見つめてみた。

「ちゃんと届いたのかなぁって考えたりもしたけど、ミキはちゃんと読んでくれたんだよね。でももう一度だけ読んでよ。それでもミキの気持ちが変わんないんなら、俺もミキの前からすぐに離れるから」

 そんなに大切な気持ちがこもった手紙なの、これは?

 消印を確認すると、もうずいぶん前の日付だった。

 何で今ごろになってあの郵便屋さんはあたしに渡してきたの?

「嫌だ?」

 泣きそうになったカズキの顔を見て、あたしはとりあえず手紙を開いた。

 そこには決して綺麗とは言えない文字で書かれた、カズキのあたしに対する想いがたくさんあった。


 突然の手紙ごめん。

 声に出して言いたかったけど、手紙を書いてみた。

 いきなりだけど、俺は今でもミキのことが好きだ。

 でも今ミキには他に好きな人がいる。

 悔しいけど、俺がそれを否む権利なんてない。

 まだ微かな光を信じているけど、ミキの幸せのために、俺はもうミキの前から離れようと思っている。

 あの日ミキのことが嫌いだって言ったのは大きな嘘だったんだ。

 ミキが就職のためにひとりで太陽の昇る町に行って、毎日忙しくがんばっているのを知っていたのに、ミキからの連絡が滞ってしまったことを俺がひとりで落ち込んで。

 それであんなことを言ってしまった。

 そう言ったらミキは俺のことを振り向いてくれるかなぁと思った。

 でも俺がばかだった。

 そんな嘘つかずに、はっきりと想いを伝えればいいのに。

 ミキが嘘をつくやつが嫌いだってことも知っているのに。

 でも今更それに気付いたって遅いよね。

 分かってる。

 俺だってミキの幸せを願っている。

 だから今度ミキの住む太陽の昇る町に行こうと思っているんだ。

 心配しないで。

 家や職場には絶対行かないから。

 勝手な俺の都合で悪いけど、もうミキを忘れなくちゃいけない。

 ミキでいっぱいの想いを捨て去って、新しい道を歩かないといけない。

 ただ、一度触れてみたかったんだ。

 早ければ来年、大学を卒業して俺も暮らす予定だったその町をね。

 もう嘘はつきたくないから正直に言うけど、その日ミキに会いたい。

 で、ちょっと話をしたい。

 別にミキを口説こうとかは思ってないから。

 ただ感謝の言葉を言いたいんだ。

 本当にミキにはいろんなことを教えてもらったから。

 俺が今こうして生きているのもミキのおかげだよ。

 人を信じることや、その信じた先の光、嘘をついても影は光にはならないってこと。

 ミキと出会えて本当によかったと思ってる。

 でもこの手紙だけでは伝え切れないから、もしよかったら会ってほしい。

 でも俺のことより新しい彼氏の気持ちを一番に考えてね。

 もし俺のことを知ったらミキの幸せが消えてしまう。

 だからこの手紙も読み終えたら、すぐに捨ててもらって構わない。

 いや、そうしてほしい。

 ミキのことを本気で愛したんだ。

 だから最後までミキの幸せを願う。

 直前になったらまた連絡するから。

 カズキ。


 あたし、カズキにとんでもない嘘をついてしまった。

 いや、本当のことを言ってたとしても、きっと同じ結果だったろう。

 あたしはカズキを殺してしまった。

 傷付けるなんてそんなレベルではない。

 悪いけど、カズキの夢は叶わないよ。

 いくらカズキが一生懸命やったって無理だから。

 ほんの微かな光があったって、あたしがすぐに黒い影でそれを覆いつくすから。

 ごめん、早く帰って。

 新しい彼氏なんていないよ。

 好きなのはカズキだけだよ。

 この町に来てから最初は忙しい毎日を送っていた。カズキに冷たくしてしまうこともあった。でもいつだってカズキがいたから、がんばってこれた。がんばった結果が、こんな終演になってしまったけど。

 梅雨を迎えるころには、ようやくこっちの生活にも慣れてきた。新しくできた仲間たちと一緒に遊びに行くことも多くなった。知らないうちにカズキとの関係が疎遠になってしまっていた。

 カズキが就職の内定をもらったときも、あたしの誕生日を祝ってくれたときも、あたしは素っ気ない態度をとっていた。

 それでカズキはあたしに嘘をついたんだよね。

 いいんだよ。それくらいのかわいい嘘なんて、あたしは何も怒らなかったから。

 それよりもあたしの嘘だよ。

 カズキから嫌いだって言われたあの日、あたしは自暴自棄になっていた。何をやってるんだろうって。

 それなのに、その日あたしはひとりの人と朝まで一緒に過ごした。そんなことを何も知らないカズキは、自分がついた嘘を謝ってきた。

 あたしは自分が情けなかった。それであんな嘘をあたしはついた。これ以上カズキと付き合うことができなかった。カズキの光を消すためには、こう言うしかなかった。

 こんなあたしのことを、カズキに好きになってほしくない。こんなあたしなんかと一緒にいたら、カズキという光は消えてしまう。

 だからもう、あたしはカズキに会うことができない。

 早く忘れて、早く新しい光を見つけて。

 こんな嘘つき女嫌いでしょ。

 好きだって言っても受け入れないよ。

 知ってるでしょ。

 あたしが嘘の嫌いな子だって。

 そう想うばかりで、あたしは口を開けなかった。

 何でこんなに優しいの。

 何でこんなにあたしのことが好きなの。

 別れたあとも必死にあたしとよりを戻そうとがんばっていたカズキの姿を思い出したら、あたしは虚しさを抑え切れず泣きそうになった。

「新しい彼氏ってあの郵便屋だろ?」

 あたしの開かない口に見切りをつけたのか、カズキがそうつぶやいた。

「さっき見てたんだ。あいつがミキと手を重ねていたところ」

 この子何か勘違いしてない?

 何であたしがあの人と付き合ってなくちゃいけないのよ。

「でもあいつ嘘つきなんだよ。ミキの家を尋ねたとき、俺に全然違う道を教えたんだから」

「えっ?」

「あっ……」

 またカズキの顔が泣きそうなそれに変わった。

「また嘘をついてしまった。絶対家には行かないって二回も言ったくせに。こんな俺じゃあ、ミキのことを幸せになんかできないよね」

 あたしはふたたび混乱し始めた頭の中を整理した。

 カズキはあたしがついた嘘を信じているんだ。

 その相手があの郵便屋だってこと?

 じゃああの人は何なの?

 あたしのことをずっと見ていたってこと?

 この手紙もずっとあの人が隠し持っていたってこと?

 あたしとカズキのことをすべて知っていて。

 気持ち悪い。

 みんな嘘つきばっかりじゃん。

 そんなにまで光を手に入れたいの?

 嘘をつくことでしか命を保つことができないの?

 みんながそれに頷くんなら、あたしだって最後まで嘘を貫いてやる。

「あぁ、そうよ。あたしはあの人と付き合ってる。だからもう帰って。ここにいても何も掴むものはないから」

 あたしがそう言うと、カズキはうつむいたあたしをじっと見つめて、光を捨て去った。

「分かった。帰るよ。この町に来て本当によかった。掴むものはたくさんあったよ。嘘をついて手に入れた光なんてすぐに消えちゃうってことや、本当のことを言って掴まされた影なんてすぐに光に変わってくれるってことをね」

 カズキは太陽の昇るこの町で光を沈めた。

 そして新たな光を見つけるために、太陽の沈むあの町へと今から帰る。

 カズキの明るい未来にあたしが貢献したってこと?

 光には光の存在理由があって、影には影のまた同じそれがある。

 あたしは影。

 真っ黒で何の輝きも持たない光のための影。

 あたしのついた嘘がこの物語のすべてを作った。

 本当を言ったカズキには光が射し、嘘を言ったあたしには影が宿った。

 あたしはこれからこの町で何を望むの?

 太陽の昇るこの町で、あたしはいつまでその光を遮るの?

 あたしが今しなければならないことは何?

 あたしが今できることは何?

 嘘をついても影は消えない。

 本当のことを話しても光はどこからか射してくれる。

 太陽が昇っても沈んでも、あたしというものが消えることはない。

 ずっと輝いていたい。

 影にはなりたくない。

 新しい光のためにこの古い光を影にしよう。

 違う、影じゃない。

 これもまたあたしの光なんだ。

 すべてを沈めてすべてを昇らせよう。

 あたしはカズキを追った。

 その背中に触れたとき、あたしは一瞬にして光になれた気がした。

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