嘘~追われる影~
嘘をついたのは、彼が三原一樹だと分かったからだ。
大きなリュックとこの町の地図、そしてミキの住むアパート名を口にしたときの彼の必死な声が、僕の心にそう確信させた。
ミキに宛てた手紙の内容から、ある程度の予想はしていた。
太陽の沈む町から、それが昇る町に彼がやって来る。
もしも彼と会ったとき、僕は真実を伝えるのだろうか。
でもミキを愛し、そしてミキから愛されていた男とこうやって対峙した今、僕は本当の道を教えてやることができなかった。
僕のミキを、元カレのあいつなんかに会わせたくなかった。
だってミキの今一番の楽しみは彼なんかじゃない。
僕だからだ。
「ありがとうございます」
でも彼はこんな僕に感謝の言葉を言った。
僕の嘘を信じたんだろうか。
途端に胸が痛んだ。
彼の光を影に変えてしまった罪の重さに、僕は考えを改めた。
もう嘘をつくのは止めにしよう。
ミキに本当のことを話そう。
そしてこの手紙をちゃんと届けよう。
そう決めた僕のバイクは、たったの一分でミキのアパートに辿り着いた。
そして震えながら僕はチャイムを押した。
でもミキからの返事はなかった。
おかしいな。
この時間ならまだ部屋にいるはずなのに。
僕は何度もチャイムを押した。
でもその音は僕の耳にしか聞こえていないんだと理解した。
僕はミキを探しに行った。
町を一周し終えたころ、やっと駅でミキを見つけた。
早くミキに元カレのことを伝えなくちゃいけない。
それからこの手紙も。
嘘が嫌いなミキのことだから、正直に言えばきっと分かってくれるはずだ。
覚悟を決めて僕はミキに近付いた。
「山岸美貴さんですよね」
「えっ?」
予想通りの反応だった。
「ずっと前からあなたのことが好きでした。でも僕よりもあなたのことを好きな人がいます。これはその人のあなたへの想いです」
彼からの手紙を渡されたミキのきょとんとした表情は、とてもかわいかった。
でも僕はもう行かねばならない。
客の手紙を盗み読み、それを僕の元で留めておくという、郵便屋として非ざることをしてしまった僕に、光が射すことはない。
ストーカーという、人間として非ざることをしてしまった僕に、ミキを見つめる資格はない。
ミキから逸れた瞳の向こうに、旅を終えた彼の姿が見えた。
ミキにはすべてを話したから。
この対角線上に君だけの光が射した。
もうミキを追うことはしない。
今度は僕が君たちから追われることになるんだろうな。