かげふみ 5
「えーっ!」
教育係の言葉に主が驚いた。
「グリス様は、わたくしが教えるべき事をすべてマスターなさいました。
あとは専門教育になりますが
わたくしはその教員免許は持っておりませんので
教育係の交代が必要となります。」
「あの子、天才少年だったんですかー?」
「おそれながら客観的に申し上げますと、努力型だと思われます。
主様、グリス様に通常教育を身に付けたら
お側に上げる、とおっしゃったそうですね?」
「ああー・・・、何か言ったようなー・・・?」
「グリス様は、早く勉強をマスターすれば
それだけ早く主様の元に来られるかも知れない、と
寝る間も惜しんで努力なさっていました。」
うあちゃーーーっっっ
主はウカツな言葉を後悔した。
勉強うんぬんじゃなくて、年齢の面で
ガキのおもりは自分には荷が重い、という意味だったんだけど・・・。
書斎で頭を抱えていると、ジジイとリオンが入ってきた。
「・・・ノックもなしですかいー。
って、おふたりとも、何でここにいるんですかー。」
「いつもの徘徊じゃ。
そんな事はどうでもよい。
話はすべて聞かせてもらったぞ。」
「何の刑事ドラマですかいー。」
案の定、ジジイは主を非難し始めた。
「大体、あんたが相手をしないから、こういう事になっとんのじゃろうが。
連れて来といて面倒はみたくないなぞ、ひどすぎんか?」
「面倒は普通、専門家がみると思うじゃないですかー。
館の方針は毎日の私の演説でわかるはずですしー
ある程度大人になったら、執務系は教えるつもりでしたしー
まさかそこまで私に固執するとは思いませんでしたよー。」
主が泣きを入れると、リオンが擁護した。
「そうでーす、大事な人格形成の時期に
この主の側に置いとく方が危険でーす。
マトモな専門家に任せたのは正解でーす。」
主は無言だったが、イライラしてきているようだ。
「で、どうしますー?
10歳で高度な教育とか、良いもんですかねー?
それか、今更普通の学校に入れるとか、アリですかねー?」
「教育の方は、本人の希望を取り入れて考えるとして
結果を出したんじゃから、それに応えるのが責任じゃないかえ?」
「・・・ですよねえー・・・。」
「あの子を、“普通の子供” として育てなかったのはあんたじゃろ。
現に普通の子供じゃなくなっとる。
“子供” として接する必要もないんじゃないか?」
その言葉に、主は気が楽になった。
「ああー! それもそうですよねー。
さすがジジイー! ムダに長生きはしてませんねー。」
「あんたは・・・・・・・」
「私が思うに、ニッポンのマンガやアニメを見せて
情操教育をするのはいかがでしょーう?
どれも正義と人情あふれる内容で感動しまーす。」
リオンの提案に、主もジジイも呆れ果てた。
「アホかー!
それでいったら、私らは完璧に悪役側なんですよー?
ヘタに正義感を持たれて敵に回られたら、たまらんわー!」
「おーう、そうでーした。
大抵のマンガじゃ大金持ちも悪ですから、私もヤバいでーす。」
「相変わらずの金満家ぶりじゃな・・・。」
「血筋が良いのに、ここまで下品ってのも珍しいですよねー。」
「恐れいりまーす。」
「「褒めてないから!」」
主とジジイが同時にビシッとリオンの胸をはたいた。
「・・・わしら、何のかんの言っても息が合うとるのお・・・。」
「はいー・・・、ですが、何故かそれが不愉快なんですよねー・・・。」
暗く沈んだ書斎の空気を読まずにブチ壊したのは、リオンであった。
「何はともあれ、グリスの次期主養成開始のお披露目を
長老会でしましょーうよ。」
「そうですねー、責任は皆でおっかぶりましょうー。」
「・・・あんた、とことん逃げ腰じゃな。」
ジジイの的を射た突っ込みを、主は聴こえていないフリをした。