かげふみ 25
「館はあくまでも公的施設でーす。
我が国では政教分離の原則はないとは言え
あからさまな宗教はいただけなーい。
ですから、情に訴えるんでーす。」
紅茶をひと口飲み、続ける。
「暗い過去を持つ館を改革し、住人たちの心を救った “英雄”、
主をそれに仕立て上げるんでーす。
ひとりの人間を、“恩人” として奉るのは
各地によくある話で、しかも非常に道義的でーす。
神を信仰するのではないので、宗教ではありませーん。
一般民衆の共感も得やすいでしょーう。」
「なるほど、見事な心理誘導だな。」
将軍がつぶやいた。
「そうですね、それなら公でも可能ですね。」
「しかし、“神官” ですぞ?」
「そこは言い方じゃないですかな?
“生涯独身だった主に敬意を表して、館の管理者は独身を貫く”
と義務づける、というのはいかがですか?」
白髪の紳士が落ち着いた口調で発言した。
「「「 おお!!!!! 」」」
メンバーが一斉に、同調した。
「それが良い! ゲン担ぎのようなものだし。」
「伝統は重んじるべき、という我が国の風習にも合う。」
「これで決定ですね。」
会議室の空気が一体になったのをブチ壊すのは、いつも主である。
「あのー、ちょっと良いでしょうかー?
ごく一部には、崇拝者もいますが
どう自分に甘く見ても、“偶像” まで行けないと思うんですがー。」
「それはあんたの死後にするから大丈夫じゃろう。」
失礼な事を見事に言いたれるジジイに、将軍がもっと無礼な異議を唱える。
「ですが、捏造にも限度がある事ですし
主には今から言動を控えていてもらわないと。」
「その事なんでーすがあ。」
リオンが再び提案をする。
「主の毎日の演説は録画されていまーす。
これは後々の良い材料になりまーす。
それだけじゃなく、仕事中などの普段の姿も映像に撮るのでーす。
我々はそれを、切ったり貼ったり塗ったり削ったりして
美しい記録として残せば良いのでーす。」
メンバーのひとりが、ダンディー紳士に耳打ちした。
「いやはや、貴殿のご子息はヤリ手ですなあ。
先が楽しみですな。」
ダンディーは いやそんな、と恐縮しながらも、少し気落ちした。
代々州議会議員を務めてきた我が一族だが
私にその才はなく、弟がその役目を肩代わりしている。
その弟も、そろそろ引退すると言っている。
弟の息子たちは、何故か私似で政治家には向いていない。
逆に私のこの長男が弟にそっくりだ。
弟の跡は、多分この息子が継ぐ事になるだろう。
血というものは時折、奇妙な遺伝をするものだな・・・。
ダンディーの生真面目で心優しい性格では、その “才” が
非情で不道徳なものに思える事も、ままあったのだ。
「では、早速カメラマンを手配しよう。」
そう話がまとまりそうになった時に、主が慌てて制止しようとした。
「ちょ、やめてくださいよー!
一日中カメラに追われるなんて、冗談じゃないですよー。」
「きみが素で偶像になれるぐらいに好人物だったら
こんな予算も手間も掛けずに済んだのだがね。」
「うっっっ・・・。」
メンバーのその容赦のない批判に、主は反論の言葉も出なかった。
「では、そういう事で・・・」
「ちょっと待ってください!」
会議を締めようとする声を遮ったのは、意外な事に
主の死後の話にしょぼくれて、ずっと無言でいたグリスであった。
「何かね?」
長老たちは、グリスに優しい。
「カメラマンは女性にしてください!」
「「「「「 !!! 」」」」」
その言葉に、メンバーたち全員が意表を突かれ
主は瞬間だけ、嫌な顔をしたが
すぐさま長老たちに納得されたので、その願いは聞き届けられた。
この会議でグリスは発したのは、このひとことだけだった。




