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かげふみ  作者: あしゅ
1/63

かげふみ 1

グリスという名前以外、何も持っていなかった。

疑問ですら、持たなかった。

 

自分が何故グリスという名前なのか、どこから来たのかなど

そんな事を 「どうでも良い」 と、考える余地すらなかった。

 

 

厳しい寒さがやわらぎ、過ごしやすくなってきた。

冬は食べ物が腐らないのは良いんだけど、いる場所に困る。

親切な教会は、いつも大勢の家がない人でいっぱいで

入られない事もあるし、夜が明けたら出て行かなければならない。

 

凍った道路でゴミ箱を漁り、凍った残飯を食べている内に

体のあちこちが赤く腫れて、痒くてしょうがなくなる。

この状態がひどくなると、肌が腐れていくと聞いた。

現に道で死んでいる人は、例外なく顔や手がただれている。

 

やっとこれから暖かくなるだろうけど

次は腐った食べ物で死ぬ危険が待っている。

グリスには、“生きる” 事すら考えてはいなかった。

 

生きていられなくなったら死ぬだけ

ただそれだけである。

 

薄暗い空に、薄暗い建物に、薄暗い表情。

見上げるグリスの目には、灰色しか映らない世界であった。

 

 

ガッコンガッコンボボン と、よくわからない音を立てて車が停まった。

縦にも横にも大きい男が開けたドアから降りてきた女性に

グリスの目は釘付けになった。

 

キレイ・・・・・

 

そう素直にグリスが思った、その女性は

美術的には、決して美しい姿をしているとは言えなかった。

グリスが心を奪われたのは、その絶望のなさにだったのだろう。

 

この街を行きかう人々は皆、一様にうつむいているのに

その女性は、真っ直ぐ前を見据えて立っていた。

 

グリスは遠巻きに女性の後をつけた。

さっさと食べ物を探さないと、食いっぱぐれてしまう。

しかし、どうしてもあの女性を見ていたいのだ。

 

 

お昼間近までは、まだまだ冷える。

鼻をすすりながら、グリスは女性の後を追う。

 

と、急に女性がこちらを振り向いた。

目が合ったかは定かではないが、その姿がどんどん大きくなり

次の瞬間、女性はグリスの目の前に立っていた。

 

心なしか、良い匂いまで漂ってくる。

こういう場合は、罵られるか殴られるかで

それをわかっているからこそ、自分以外の人間は誰も寄っては来ていない。

しかしそれを覚悟してでも、グリスの目は女性から逸らせず、足は動かない。

 

 

女性が何かを訊いたようだが、その言葉は理解できない言語だった。

どうしていいのかわからず、だけど我を忘れて見つめるグリスの顔の真ん前に

女性の顔がズイッと近付いた。

 

女性のこげ茶色の瞳が、グリスの目を射抜く。

グリスは小刻みに震えた。

畏怖とも歓喜ともわからない心の震えだった。

 

 

気が付くと、いつもの部屋の天井に

世話係のマリーの顔がヌッと覗き込む。

「おはようございます。」

 

もう起きる時間なのか。

 

 

夢を見ていた。

主様と出会った時の光景だ。

 

何度も何度も、繰り返し夢に見る。

それ程、鮮烈な体験だった。

 

グリスは7歳になっていた。

・・・書類上は・・・。

 

 


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