ヘンな女が付いて来ようとしてるんだけど!?
「連れて行きなさい!この私!勇者ハーベスト様を!」
「あ?」
伝説の勇者と自称する少女、ハーベストと勇者は事の流れで城での包囲を潜り抜け、街から離れた丘の上まで逃げてくる。実力のある二人であったが、人間を相手にするというのは気が引けたようである。
丘の上に屹立する巨大な一本杉の下で勇者とハーベストは睨み合う。ハーベストは何度か瞳を光らせながら交渉しているが、彼に能力が効かないことを覚り、ため息をつく。
「いい!?あのね、もとはと言えばあなたがその剣を引き抜いたせいで私だって苦労してきたのよ!?私がどれだけ天啓を受けたと言っても、この瞳を見せたとしても世間一般に流布しているのは勇者と伝説の剣の話ばっかり!まぁ、さっきの王様は私の瞳と力を見て少しは理解してくれたようだけど…。けれどもよ!大体は私のことを嘘つきだの、頭の病気だのって…くそ…。こんな悔しいことないわよ…」
ハーベストは徐々に首を垂れる。うっすら涙が光るのが見える。握られた両の拳は静かに震える。勇者はハーベストの様を静かに見守り、煙草に火を点ける。
「お前、やっぱ嘘つきなんけ?」
「なにぃ!?どう考えても今の流れはいたいけな美少女を励ますべきでしょうが!」
「頭の病気の方か」
「やかましい!!変な頭してるアンタに言われたくないわ!」
「あ、おま!言うたらあかんこと言うたな!?」
「とにかく!私も貴方の魔王を倒す旅とやらに連れて行ってもらうわよ!」
「えー。もう僕仲間とか嫌やねんけど」
「四の五の言うな!!」
「王、お具合の程は?」
ハーベストが城から脱出した後、彼女の能力で拘束されていた者達は開放される。強烈な圧力だったようで、効力が切れた後も体の節々に痛みが生じる。ロアンヌやグンテといった手練れの騎士達でもまだ上手く立ち上がることはできないようだ。
「まだ痛みは残るが、問題はない。ディバ卿、この度はとんだ騒動に巻き込んでしまいすまなかった」
王が座ったまま頭を下げる。ディバ卿は「お構いなく」と返答した後、まだ微かにしびれる自身の足を見つめる。
「勇者様を私たちは止めることができるのでしょうか?」
ディバ卿は小さく呟く。隣に構える従者が自身の剣の柄に手をかける。
「此度は後れを取りましたが、次こそは必ず。ヤツハシ殿に恥じぬようこの黒刀にて討ち取ります」
「ワラビ、貴方の気持ちは伝わりました。けれども貴方には勇者様を倒すことはできません」
「ディバ様!」
ワラビと呼ばれた従者がディバ卿を睨みつける。その目には悲しみが潜む。それに相対するディバ卿の瞳にも同じものが潜む。
「貴方は命を懸けるにはまだ早すぎる。貴方だけが背負う課題でもないのです。それに…私はまだ揺れているのです。勇者を討つ…。けれど勇者は友の遺品を魔物から救出してくれた恩人でもあるのです…」
ディバ卿は流麗な髪を横に流す。目を細め、整理のつかない思考に悩まされる。
「お言葉ですが、それでも貴方は貴方の民を守らなければならない」
宰相が鋭い目つきをディバ卿に向ける。
「そんな牽制されずとも心得ております。フガシ殿」
ディバ卿は涼やかな目をフガシに返す。フガシは「僭越でした」と嫌味な調子と共に頭を下げる。
「各々の想いも分かる!しかし、あの者を勇者と形容するのは間違いであると思う!我々はあの鬼人を討たねばならぬ!それは我々人間の歴史を守るためでもある!」
王の声が響き渡る。皆一斉に王を見つめる。
「我々の祖先は確かに人間としての誇りを誤り、驕り、罪を犯した。多くの魔物を刈り取った。魔王がそれを今も禍根としているのは承知している。これは難しい問題である!幾度も交渉を続けたが、結局は取り付く島もなかった!我々は行動で示した!エルフやドワーフと言った他種族とも交流し、今は亜人と称してはいるが、人間に交友的な魔物との共存もできるようになった!それでも魔王の考えは変わらない!しかしこの行動が架け橋であると願っているし、間違いではないと考えている!ここに宣言する!我はあの者を鬼人と称する!あの者を勇者と呼ぶことは断じて許さぬ!鬼人は我々人間とこの世界の先人である種族の者たちとの友好を躊躇なく切り崩そうとしている!それではまた多くの血が流れる!それが分からぬ愚か者を勇者と称する、これこそ罪である!ここに居る者達よ!我はこの城の王であるが、我を敬えとは言わぬ!お前たちの考えに異は唱えぬ!しかし意見はする!お前たちがよくよく考え、あの者を勇者とするか、はたまた鬼人とするか。願わくば後者であってほしい!よくよく考えてもらいたい!何度も言おう!異は唱えぬ!しかし意見する!それが何を意味するかは分かっているだろう!口でダメなら武も考慮する!これは決して脅しではない!皆が英断することを願い、本日は閉会とする!1ヶ月後、便りを出す!その時に返事されたし!」