勇者が二人って、そんなわけないやろ~
「待ちなさーい!!」
突如少女の叫び声が響き渡る。勇者を取り囲んでいた兵士達や、今にも剣を抜こうとしていた勇者、その前方で覚悟を決めた王やその側近、宰相達の動きが止まる。目線は声の方へと逸らされる。
重厚な扉を必死の形相でこじ開け、僅かに生じた隙間から小柄な少女が無理やり侵入してくる。その後方には城の兵士達が少女を取り押さえようと騒々しく駆けている。
「誰だ!?」
王が尋ねる。少女を取り押さえていた兵士達はその声を聞き、少女を開放する。髪を乱した少女はゆっくり立ち上がる。左右二つにくくられた橙の髪、吊り上がった鋭い目つき、幼さを感じさせる小さな鼻と口 ―八重歯が少し見え隠れする― 華奢な身体を覆う立派な鎧、少し短めなスカートのような形をしたフォールズ(臀部、下腹部、背中を保護する鎧の名称)を身に付けている。
「そこの偽物の勇者!今すぐその伝説の剣を私に返しなさい!」
少女が勇者を指さす。勇者は少し眉を上げる。周りの兵士は少し動揺を見せるも勇者に向けた刃を下すことはない。少女の叫びに反応する者はいない、が、空気が僅かに軽くなる。
「…ち、ちょっと!全員して無視することないでしょう!?どうなってるのよ!私は勇者なのよ!私こそが天啓を受け、全知神ハクトゥ様より選ばれた勇者、トゥハート・ハーベストよ!!全員が頭が高いって言ってるのよ!!」
少女の名乗りと同時に少女の瞳が微かに光る。すると勇者を除いた者たち ―王も聖騎士であったとしても― が急にひれ伏すような姿勢を取る。
「こ、この力は…!」
王はなんとか顔だけを少女の方に向ける。見えない力に圧迫され、表情が歪む。
「まさしく…あの…少女こそが…伝説の…伝説の勇者…!」
「だから、初めからそう言ってるじゃないの!けど、あんたはなんで平然と立ってるのかしら?」
少女は勝ち誇った表情で腕を組む。そして悠然と立っている勇者に驚愕と畏怖を込めた目線を向ける。勇者は何の気なしに煙草を巻こうとしている。
「俺も勇者やからや」
「嘘よ!勇者が二人なんて聞いたことないもの!大体あなた、天啓は受けたの?天啓を受けたものはこのように瞳の色が黄金に輝くはずよ!?」
少女は自身の煌めく黄金の瞳を指さす。それと同時にまた瞳がほのかに光る。しかし勇者の様子は変わらない。その様子に少女は半歩下がる。
「テンケー?なんやそれ。ちんちんの皮被っとることけ?あ、そらホーケーか」
「うるさいわよ!急にセクハラなんて、それこそ勇者のすることじゃないわ!そもそも天啓を受けていないあなたがその剣を持っていることが異常なのよ!」
「なんでや」
「その剣は天啓を受け、神によりその才幹を認められた者にしか引き抜くことはできないはずよ!」
「ははーん。お前、嘘つきやな?そんなガキの嘘に惑わされると思っとるんか?この剣は僕の村の近くの森に放置されてたんやで?僕の村の奴らに聞いてもなんも知らんかったしな。お前の求めとる剣は別モンやっちゅうこっちゃ。他を当たらんかい、かしまし娘」
「なッ…!この私…。伝説の勇者であるハーベスト様に向かって…。いいわ!そこまで言うのなら上等じゃない!決闘よ!どうせ貴方みたいな偽物がたまたま引き抜けただけであって、実力は!本物の!勇者である!私、このハーベスト様の!足元にも及ばないことは自明の理!後で吠え面かいてもしらな―」
刹那。先ほどまで部屋の中央で兵士達に取り囲まれていた勇者は姿を消し、いつの間にか少女の前に現れる。それは魔法などではなく、彼の身体能力そのものであった。勇者は剣を引き抜くこともせず、狩猟用のナイフを少女の首筋に当てる。少女の自信に満ちた鋭い眼差しは一変し、その表情は驚愕と恐怖を克明に映し出す。声にもならない掠れ、ひび割れた「え?」という音は勇者と少女にしか聞き取れない。勇者の瞳は死を連想させる。
「遊びとちゃうねん。クソガキが」
「あなた何者?」
「勇者」
「まじ…?」