王様に喧嘩売っちゃったよ!?
勇者はまだ息のあるエルフ魔法使い達をキュロスの死体の上から槍を突き刺し止めをさしていく。現状の敵を全て処理したと判断すると勇者は木陰に隠れ傷の手当をする。
「ワープ瓶を使ったのは勿体なかったかなぁ」
勇者は少し寂しげな顔を浮かべる。ワープ瓶というのは、依然勇者と魔法使いが「悪魔の口」と称されるダンジョンに潜入した際に手に入れたアイテムだ。瓶のコルク栓の裏側に二つの鎖が垂れ下がっており、その先に矢印型の宝石が付いている。片方を対象者(離れていても宝石を向けるだけで良いようだ)、もう片方を自身に向けることで両者の位置を入れ替える転移の魔法が使用できる。
勇者は効力の無くなった瓶をしばらく見つめるも、ふと自身が全裸であることに気付き、血に塗れたエルフの兵士の装備を剥ぎ取り、身に付ける。着替え終わるとふぅと一息つき、遠くの方を見やり、矢に貫かれた右足を引きずるような歩容で湖を後にする。
「痛いなぁ。やっぱり治癒の魔法は使えるようになっときたいなぁ」
勇者は途中で馬車を見かけると馭者と客を見事に皆殺しにし、馬を奪い取る。
「今エルフまで相手にしてたらキリがないよなぁ。先に魔王を殺すかぁ」
勇者は手慣れた様子で馬を操ると、ダオランから魔王の統治する国ランスへ向かうことを決心する。途中途中でエルフや魔物を処理しながら10日程かけてダオランを越え、人間が統治する国イーツへと帰還する。イーツでは勇者が魔王軍の将を退けたことが讃えられる一方、ダオランでの蛮行を良しとしない派閥も生まれていた。
しかし勇者がイーツの首都ベルグに入っても誰も顔を指すことはなく、勇者は普段通り街を闊歩することができた。しかし王国騎士団長であるロアンヌには見抜かれてしまう。
「勇者殿!お戻りになっていたのですね!この度はダオランでの戦功、お見事でございました」
露店で昼食を摂っていた勇者を、街を巡回していたロアンヌが発見する。彼女の一声で勇者は周りから様々な目を向けられる。周りには人だかりができる。野次馬達は口々に思っていることを囁く。勇者は居心地が悪くなる。
「ありがと~。でもちょっと場所考えてよ。有名人みたいになってしもたやん」
「旦那は実際有名人じゃないですか。廃城での魔物討伐も凄まじかったですが、まさか魔王軍の将であるブルトローヌを倒しちまうなんて…。さすがです!」
ロアンヌの後ろに控える大柄の男グンテが丸太のような腕を組みながら誇らしげに話す。その周りにいる兵士達は目を輝かせながら勇者を見つめる。
「やめてやめて。俺別に善人でもなんでもないんやから」
勇者は少しはにかみながら懐を探り、金袋を取り出すと数枚の銀貨を皿の横に置く。そそくさとその場から立ち去ろうとするも、人だかりで前に進めない。
「王とお会いになられましたか?丁度、ストラブル防衛の報告にヴェネアの聖騎士殿もお見えになっていると聞きます。勇者殿もぜひ」
「う~ん…。ゆっくり寝たいんやけどなぁ」
勇者はゴネるも周りはそれを許さず、半ば引っ張られるような形で城に連れていかれる。
「勇者様。ご無沙汰しております。この度はダオランでのご活躍、私胸が躍る想いでございました。お陰でストラブル防衛も容易くなり、本当にどれほどの感謝をお伝えしても足りません」
ヴェネア大聖堂の最高聖騎士であるディバ卿が勇者の姿を見つけ駆け寄ってくる。いつもは気丈且つ嬋媛な彼女からは想像もできない少女のような振る舞いに城に来ていた多くの者たちが驚き、同時に勇者の力量を察する。
「お疲れ様~。黒刀の一件ぶりやね。あ、敬語のほうがええんかな?」
「そんな、勇者様に敬語を使われては私は話す言葉が無くなってしまいます」
「ほなええねんけど」
ディバ卿を相手にも態度を崩さない勇者の様子にまた多くの者たちが驚く。勇者はディバ卿やその他の実力者達との会話もそこそこに済まし、王の間へと赴く。
豪奢な王座にどっしりと座る王の居様は独特な緊張感を与える。吊り上がった眉毛に、見開かれた大きな瞳。一文字に締まった口、大柄で筋肉質な体躯。王、というよりは屈強な戦士のような、猛々しい雰囲気を纏っている。
「よく来た勇者!!まずはダオランでの活躍、大儀であった!」
王の快活で逞しい声が響き渡る。勇者はあまりの声量の大きさに軽く仰け反る。
「しかし勇者よ!お前はダオランで何とも御しがたいことを犯した!!エルフを殺したそうではないか!その意図を教えよ!」
王は闘志の宿った瞳を勇者にまっすぐ向ける。目力だけで殺してしまいそうなほどの迫力である。先ほどのロアンヌやディバ卿もその件に関してはあまり良い印象は持っていない様子で勇者の返答を表情こそ冷静に装ってはいるが、内心、食い入るような心境で待つ。
「意図?」
勇者は顎髭をゆったりと触りながらふわりとした調子で放つ。王はその様子に殊更立腹する。
「意味もなくエルフを殺した、ということであるか!?」
「俺が魔物を殺してたら止めてきたんや。そら殺すやろ。魔物側ってことやんけ」
「勇者殿、魔物といえど全てが敵というわけではありますまい。そういう見方をするのであればベルリの街に住む亜人の者たちも敵になってしまいます」
王の傍に控える宰相が鋭い目つきを勇者に向ける。王は宰相の意見に目をつむり頷く。
「それよそれ。その考えがもう無理やねん。魔物の線引きなんてできへんもん。どいつが悪でどいつが正義で。んなもん人間でもできへんのに。イチイチ迷いながら戦わなあかん。そないしとったら仲間は死ぬ。それを尊い犠牲と呼んでいい方だけ装って、もううんざりじゃボケ。殺したるねん。魔物は全員皆殺し。亜人?かまへんやんけ。殺したるわ。人間がどうとか魔物がどうとかそんなもん考えてないよ。ただ俺が魔王を殺すんやから、それぐらいの勢いで殺しにいくねん」
「勇者!貴様、戦で気が触れたか!?」
勇者の返答に多くの者たちがどよめく。正義の象徴である勇者の言葉とは思えなかったからだ。
「お前らが勇者と呼ぶ俺を、お前らの価値観に当てはめようとすなよ?僕は別に正義の味方とちゃうねん。けど人間を守ろうとはするよ?でもそれ以外は皆殺しにするねん。ていうかそれ以外できへんねん。上手いこと立ち振る舞うことはでけへんねん」
「お、お言葉ですが勇者様、私が治めるヴェネアにも人と共存している魔物の方達も大勢いらっしゃ…」
「おう、そいつらも殺しに行くんじゃ。例外なんてあるかい。話聞いてなかったんかボケ」
王が左手の人差し指と小指を立て、腕を掲げる。すると兵士達が勇者を取り囲む。その中にはロアンヌやグンテも含まれている。2人の表情は複雑そのものである。対する勇者は悠々と構える。その表情は冷たく、しかし穏やかで、異質な闘気と不愉快な殺気が混ざり合っている。