平行世界
初投稿となります。ショートショートです。
「俺、実はさ…平行世界からやってきたんだ」
唐突にSが口を開いた。黒の短髪にぱっちりとした二重の目。世間で言うイケメンには分類されないが中の中の上な容姿を持っている友人のS。
同じ会社の同期でもある彼に今日一緒に飲まないかと誘われ、仕事帰りのスーツのまま彼の部屋へと訪れていた。
Sは1LDKの安いアパートを借りていて、部屋は物が少なくきれいに片付いている。Sも仕事終わりなのか、くたびれた安物のスーツを着ていた。
彼の告白は、挨拶もそこそこに各々買ってきた酒とつまみを開け、俺が二本目のビールを開けようとした時だった。
「……そうか。」
俺は一言そう告げる。Sは俺の目を見つめながら、少し顔をしかめるとまた口を開いた。
「冗談だと思ってるだろ。今日は4月1日、エイプリルフールだもんな。でも、本当なんだ。俺は平行世界から来た。」
Sは小学生からの友人で昔からSFものが好きだった。とはいえ映画や小説を嗜むくらいで、エレベーターで異世界に行く方法のようなネットに流れる噂を信じるような男ではなかったと思う。
ああいうのは物語の中だから面白がれるのであって、自分の身に起こるとなると笑えやしない、とSはよく言っていたように記憶している。
「信じてるさ。生きてりゃ平行世界からやってきた奴の一人や二人、身近にいてもおかしくないだろ。」
「…わかってる。信じられないのも無理はないよ。俺は何度も平行世界を移動しているが、誰も俺が元の俺と違うだなんて気づきやしなかった。その世界の俺が女性であったとしても、みんな俺を疑いもしなかったんだから。」
そう言ってSは茶色の革製と思われる鞄の中から、赤い小さなリボンがついたピンクのポーチを取り出した。どうやら別の世界から持ってきたらしい。
反応の薄い俺に、Sはため息をつく。
「別に信じてくれなくてもいいんだ。俺の頼みを聞いてくれるだけでいい。」
Sはポーチを鞄にしまうと、代わりにガムテープを取り出した。
「俺は何度も世界を移動しているんだが、移動するためにはやることがあるんだ。詳しい説明はできないが、それをやるためには完全な密室を作り出す必要がある。お前には外からこのガムテープでドアの隙間を塞いでほしいんだ。」
「窓はどうするんだ。」
「窓ならもうやってある。」
Sがカーテンを開けると、ベランダに出る大きな窓があったであろう場所が段ボールに覆われていた。端を見るとガムテープで固定したらしい。
「ドアも段ボールで塞げばいいじゃないか。」
「いや、外からも隙間を塞ぐ必要があるんだ。窓だってやってあるんだよ。ここが一階でよかった。じゃなきゃベランダに閉じ込められていただろうね。」
Sのアパートの一階のベランダは、大人の胸より下くらいの高さの壁で仕切られている。窓にガムテープを貼った後、その壁を乗り越えてベランダから出るのは一階だからこそできる芸当だろう。
「俺は元の世界に帰りたい。ここも俺が居た世界じゃなかった。なあ、頼む。どの世界でも協力してくれるのはお前だけだったんだ。俺にはお前しかいない。手伝ってくれ。」
頭を下げたSの項を見ながら、考えた。しかし何も思い浮かばない。俺には選択肢なんてなかった。
「わかった。協力するよ。」
「ありがとう。本当にありがとう。お前はきっと今日のことを忘れてしまうだろうけど、俺は絶対にこの恩を忘れないから。俺が最初に居た世界のお前も、平行世界に行きたいって言う俺にしぶしぶ付き合ってくれたんだよなあ。」
安堵した表情で笑うSは自分の元居た世界の話を始めた。この世界と同じ会社に勤めていたが部署は違ったこと、俺は別の会社に勤めていたこと、はやっていたお笑いネタや好きな映画まで、俺は時々相槌をうちながらSの話を聴き続けた。
あっという間に時間は過ぎ、気づけ日付が変わる10分前。Sは机の上に置いていたガムテープを取り、俺の方へと差し出した。
「そろそろ行こうかな。ドアは任せたよ。隙間が残らないようしっかり固定してくれ。」
「ああ。わかったよ。別の世界の俺にもよろしくな。」
「本当にありがとう。」
ガムテープを受け取り、靴を履いて玄関を出ようとしたところで一度振り向く。Sは机の前に座ったまま手を振っていた。
外に出ると、4月とはいえまだ少し肌寒い風が頬を撫でた。俺はガムテープでSの部屋のドアを固定する。郵便物を入れる入口も塞ぎ隙間がないかチェックしたあと、歩いて5分の少し古いアパートの部屋に帰った。
アパートはSと同じ1LDKで、部屋の中央に置かれた机の上には一冊のノートがあった。荷物を置くと、すぐノートを開き日記をつける。毎日の日課だ。日記の最後に「4月1日 352」と数字を書き込み、シャワーを浴びて髪を乾かさずそのまま寝た。
「私、実はさ…平行世界からやってきたんだ」
唐突にSが口を開いた。背中まである黒の長髪にぱっちりとした二重の目。世間で言う美女には分類されないが中の中の上な容姿を持っている友人のS。
同じ会社の同期でもある彼女に今日一緒に飲まないかと誘われ、仕事帰りのスーツのまま彼女の部屋へと訪れていた。
Sは1LDKの安いアパートを借りていて、部屋は物が少なくきれいに片付いている。Sは休日だったのか、白いワンピースを着ていた。
彼女の告白は、挨拶もそこそこに各々買ってきた酒とつまみを開け、俺が二本目のビールを開けようとした時だった。
「……そうか。」
俺はいつものように、一言そう告げた。
いかがだったでしょうか。
星新一さんみたいなショートショートを書きたいと思って書いたのがこちらの作品です。
感想など書いていただけると作者が喜びます。
他作品も似たような世界観のショートショートを書いていくつもりですので、よろしければそちらも読んでみてください。