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 駅まで向かう間、彼女の後ろを歩きながら、僕はまた昔を思い出していた。


 昔から僕はこうして彼女の背中を追ってばかり、いや、追わされてばかりいた。

 

 本当は家でゲームや漫画を楽しんでいたかったのに、ひどい時なんて、自分だけ先に宿題が終わったからと無理やり連れだされて。

 林の中だとか、知らない脇道の先とか勝手に進んで行ってしまうから、僕はいつもこわごわとしていたんだ。


 特に会話を弾ませることもできずに、黙々と歩いていると、すぐに目的地である駅ビルの中にある商業施設へとたどり着いた。

 この駅を利用し始めてからもう一年以上経つが、僕はこの中に足を踏み入れる自体が初めてで、どこに何があるのかさっぱり把握していない。


 一方の山岸さんはというと、そんな僕を尻目に勝手知ったるといった足取りで、建物の中へと踏み入っていく。


「ちょっと待ってよ」


 彼女の後姿を追いかけ、エスカレーターで数階上った先のフロアに立ち入った瞬間、僕は目眩を起こしそうになった。


 目の前に広がるフロアは、全体がなにかこうキラキラしていて、明るい原色の飾り付けがあちこちにある。

 テレビやネットでだけは見た覚えのある、若い女性向けのアクセサリーや雑貨を扱っているフロアなんだと、僕でも分かった。


「ここ、僕が入ってもいいの?」


 鼻の奥に残るような甘い匂いに戸惑いながら、僕は彼女に尋ねる。


「何言ってんの、当たり前でしょ」


 尻込みしている僕にかまう気配も見せずに、彼女はフロアの奥へと進んで行く。


 さらに彼女を追っていくと、徐々に人が増えて込み合っていく。

 その人だかりの中心となっている店の前で彼女は足を止めた。


「ちょっとここで待ってて」

 店の前に着くと彼女は一言だけ言い残し、人の輪の中へと加わっていった。


 ちょっと待ってて、って言われてもなあ。


 男一人、完全に場違いな場に取り残された僕は、どうしていいのか分からず一度、周囲を見渡してみる。

 

 とりあえずまだ人が来るみたいだから、邪魔にならないようにどっか端っこの方へ寄っていよう。

 

 途切れることなくやって来る人の邪魔にならないように、僕は場所を移し彼女を待った。

 

 彼女を待っている間、周りには僕と同じように人を待っている様子の男性が、それなりの人数いると気付いた。

 ただ、その誰もがいかにも彼女のいそうな、モテそうな、明るく場慣れしている雰囲気の同性ばかりで、ここでの居心地もあまり良いものではなかった。


「お待たせ」


 先ほどよりも増えているように見える集団の中から、山岸さんは居場所を変えていた僕をすぐに見つけ、真っすぐに向かってきた。

 

「よく気付いたね」


「あんたの居場所のこと? 大体ここら辺で待たされている男は、ここに寄ってるから」


 彼女が人ごみの中で乱れたのであろう髪と、巻いていたマフラーを直しながら言った。


 やっぱり誰かと来たのは初めてじゃないんだな。

 彼女なら当然だと思いながらも僕は少し落胆する。


 周りにいた男性たちが僕と彼女を見比べて、驚き交じりの、複雑そうな表情を浮かべていた。


 そりゃそうだよな。どう見たって僕と彼女じゃ釣り合ってないもんな。


「もう用が済んだんなら早く行こう」

 

 僕は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。


「そうだね、ここちょっと人が多すぎ」


 さすがの彼女も人波に揉まれて疲れたのか、今回は二つ返事で頷いてくれた。


「あれ? マユじゃん」


 帰ろうと歩き出した僕たちに、正面から誰かが突然声をかけてきた。


「あれ、アコじゃん」

 

 山岸さんが声の主に向かって手を上げた。


「どしたの、こんなところで」


「ちょっと買い物したくてさ」


「ああ、そういやマユ、ここのバレンタイン当日限定チョコ、欲しいって言ってたもんね」


「まあね」


 アコと呼ばれた山岸さんの友人には、どうやら僕が見えていないらしく、二人で会話を弾ませていく。


「あれ、隣にいるの、あれだよね? あの、幼馴染クン」


「そうだよ、その幼馴染クン」


 山岸さんが意地悪そうな笑みを浮かべ、僕を見る。


 ようやく気付いてもらえた僕の名前は、彼女の友人には認識されていないようだった。


「義理とかちゃんとあげてんの? マユ」


「ううん、もう全っ然あげてない。ねえ、最後にあげたのいつだっけ?」


 意地悪な笑みを浮かべたまま、覚えてるんでしょ? とでも言いたげに、彼女は僕に問いかける。


「さあ、いつだっけ、もうずいぶん前だし」


 小6が最後だったと本当は覚えているけれど、言わないでおこう。

 僕は彼女から目を逸らし、考えるふりをしてとぼけた。


「じゃあなんで一緒にいんの?」


「別に、ただの人避け兼、荷物持ち」


「うわっ、可哀そう」


 彼女たちは二人だけで笑った。


「まあいいや、私もう行くね、また明日」


「うん、また明日」


 去っていく山岸さんの友人を見ながら、彼女の言った通りなんだなと僕の心はざわついていた。


 山岸さんが言った通り、僕が彼女の隣にいても、それはただの幼馴染、付属物としてしか思われない。


 心なしか、話を聞いていたのであろう周囲の男性たちの視線も、蔑みが含まれた見下しの視線に変わっていた気がした。


「もういいでしょ、早く行こうよ」


 僕は居たたまれない気持ちになって、一刻も早くこの場を立ち去りたい一心で、思わず山岸さんより先に歩き出してしまう。


「あ、ちょっと待ってよ」


 彼女の声は聞こえていたが僕は止まらずに歩いた。


 もうこんなことはさっさと終わりにしてしまおう。


「だから、ちょっと待てっていってるでしょ!」


 山岸さんから制服を掴まれて僕が立ち止まったのは、もう駅の改札の前だった。


「何急に怒ってんの?」


「別に怒ってないよ」


 僕は振り返って山岸さんと向き合う。


「んな訳わけないでしょ、あんた本当に変わってない」


「悪かったね、子どものまんまで」


 改札口の前でこんな言い合いをしていたら目立つし、何より通行の邪魔になると思う。だが少なくても、今の僕にそんな冷静さは残っていなかった。


「あんた今日の役目、忘れてない」


「役目? ああ、君の盾になれってやつね、もう十分だろ。後は電車に乗って帰るだけなんだから」


「まあ、そうだね、どうせ家までも一緒だし。じゃあこれあげる」


 彼女が僕に持っていた紙袋を差し出してきた。


「これ、さっき買ってきたやつでしょ」


 僕に差し出されたのは、今さっき、彼女が出てきた店のロゴが印刷された紙袋だった。


「それ、今日付き合ってくれたお礼、ちゃんと後で返してね」


「お返しってやつ?」


「そうじゃない、袋の中、見て」


 山岸さんに言われた通り、中身を紙袋から取り出す。

 出てきたのはハートのチョコレートを抱えたクマのぬいぐるみだった。


「私が欲しかったのは、バレンタイン限定のぬいぐるみの方だから、明日には返してね」


 チョコはあげるけど、汚さないでよ?


 彼女は最後に言葉を付け足すと、一歩、僕の方へと踏み寄ってくる。


「ねえここで私のこと、抱きしめてくれない?」


 突然、真剣な顔をして僕を見上げてきた。


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