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いつも学校へ通うために歩いて、家に帰るために駅へと向かう、ただそれだけの道。
僕にとっては今のところ、何の思い入れもない通学路が、山岸さんと並んで歩くだけで、まったく違う景色に見えた。
「ところでなんで僕なんかをさ」
「それさ、話す必要ある? 理由なんてどうでも、久しぶりに私と一緒にいられて嬉しくないの?」
明らかに理由を誤魔化そうとして彼女は笑顔を浮かべる。
僕は女性にそんな笑顔を向けられてまで、理由を深堀していけるほどのコミュニケーション能力を持ち合わせてはいなかった。
「別に話してもいいんだけどさ」
僕が答えに詰まって生まれた間の後、彼女が僅かに表情を曇らせながら口を開いた。
「私さ、誰かに付きまとわれてるみたいなんだよね」
「なにそれ、よくあることなの?」
山岸さんならありえない話ではない。
「よくあること、ではないかな。初めてって訳でもないけど」
やっぱり。
僕は彼女の返答に、驚きながらも納得してしまった。
「大丈夫なの。危ない目にあったりはしてない?」
「うん、今のところ直接は。でもね、スマホに変な盗撮? みたいな画像が送られてきてさ。あ、スマホは見せないよ」
僕が近づくと、彼女は一歩僕から距離を取った。
「ごめん、そんなつもりじゃ」
つもりだったんだけど、まあ仕方ないよな。
僕は彼女の手元から慌てて目を逸らす。
「気持ち悪いんだよね。アコとかミサとかと買い物してる時の写真もあれば、学校のもあるから、多分私たちと同じ学校の誰かだとは思うんだけど」
彼女が歩道の真ん中に戻れるように一歩下がって、僕は相槌を打った。
「別に相手にするつもりもなかったし、放っておくつもりだったんだけど、昨日こんなのがきて」
今度は彼女がスマホをこちらに向けた。
「見ていいの?」
「別にこっちは文字だけだから」
彼女の許諾を得て、僕は差し出されたスマホの画面を覗き込む。
そこには、
「明日のバレンタインデー、チョコ貰えるの楽しみにしているね。待ちきれなくて会いに行っちゃうかも」
そう表示されていた。
「うわ、気持ち悪っ」
その怪文書を読んで僕は思わず鳥肌を立てた。
「でしょ? だから今日は誰かと一緒に帰りたくてさ。他の男子誘って変な噂になったら嫌だし、その点あんたなら、誰かに見られても噂にすらならないでしょ?」
差し出していたスマホを軽く揺らしながら、彼女が制服のポケットにスマホをしまう。
「それに少し頼りないけど、あんたでも盾くらいにはなってくれるでしょ」
彼女の顔に笑顔が戻った。
「なんだよそれ。だったらさっさと家に帰ろうよ」
彼女が僕を誘った理由を知って、がっかりしたような、でも嬉しいような、それでいて気味の悪い恐怖もある。
なんて湧いてきた複雑な感情を処理しきれなかった僕は、家路を急ごうと歩き出す。
「何言ってんの? 買い物に付き合ってって言ったじゃん。欲しいものがあるんだよ」
不満そうな声が歩き出した僕の背中にぶつけられてきた。
僕は立ち止まって振り返る。
「そっちこそ何言ってんの? 今日は真っすぐ帰った方がいいって。買い物なら明日でもできるでしょ」
「いいじゃん、ちょっとだけだし。今日だけの限定販売品が欲しいんだよ。駅ビルに入ってる店見て、欲しいもの買ったら、後は電車に乗って帰るだけなんだから、道の途中じゃん」
話を強引に切り上げると、今度は彼女が僕より先へと歩き出した。
「早く来ないと置いてくよー」
置いてくって、マユちゃんが怖いって言ったのに。
僕は心の中で呟くと、急いで彼女の背中を追っていった。