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「えっと、ここで僕がマユちゃ、じゃなかった。山岸さんを抱きしめるの?」
「そうだって言ってるでしょ。早くしてよ」
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2月14日バレンタインデーの日の朝。学校へ行った僕は、幼馴染の山岸マユミに久し振りに声をかけられた。
「あ、えっと、マユちゃん? どうしたの?」
バレンタインの日に声をかけられるのなんていつ以来だろう。
マユちゃんからチョコを貰えていたのは、確か小学生までだったから、5年ぶりくらいか。
あの頃は毎年貰えるのが当たり前だったのにな。
「あのさ、そのマユちゃんって呼び方、止めてってずいぶん前に言ったよね」
僕が目の前にいる幼馴染と過ごした思い出を振り返っていると、あの頃とは変わってしまった冷たい視線が突き刺さってきた。
「そっか、ごめん山岸さんだ」
「幼馴染だからっていつまでも馴れ馴れしく呼ぶの止めてよ。あんたとはたまたま家が隣同士だったからってだけで」
「ごめん、分かった。もう二度と呼ばないから」
僕はマユちゃん、じゃなかった、山岸さんの言葉を遮って先に謝る。
少しでも淡い期待を抱いた僕が馬鹿だった。
中学に上がってからしばらくして、今と同じ様に睨まれながら言われて、その後すぐに僕が勝手に山岸さんに付きまとって振られた。
みたいな話が広がって以降、ずっと疎遠でいたのに今さらだよな、うん。
そもそも偶然同じ高校に進み、偶然同じクラスになったからって、この二月まで彼女とはまともに会話も交わしていなかったはずだ。
それどころか、目があった記憶もないし。
だからこそ余計に僕は思った。
バレンタインデーの当日の放課後に、わざわざ人気のない空き教室に呼び出されるなんておかしいと。