五日目
五日目
五場
ゆりえ、部室の中からいろんなものを取り出して、かばんに入れている。
アキラ、上手から入ってきて、ゆりえにかけよる。
アキラ どうしたの!? 教室に行ってもいないからこっちに来てみたんだけど、まさかお母さんに何かあったの?
ゆりえ (アキラの方を見ようとせずに)部室においてあった私物を持って帰るだけだよ。
上演は無しになったから、もうここに来ることはないし。
アキラ お母さんは?
ゆりえ 大丈夫だよ。車にぶつけられたのは確かだけど、軽い打撲と擦過傷で済んだ。入院もせずに、昨日のうちに家に帰れたよ。
アキラ 良かった…。
ゆりえ じゃあ、あたし帰るから。
ゆりえ、上手に向かって行こうとする。
アキラ、ゆりえの前に立ちふさがる。
アキラ 待って!
ゆりえ (怒ったように)え?
アキラ、深々と頭を下げる。
アキラ その…ごめんなさい!
ゆりえ は?
アキラ 昨日はひどいことを言ってごめんなさい!
ゆりえ 昨日だけじゃないよね。
アキラ 今までひどいことばっかり言ってごめんなさい!
ゆりえ …いやまあ。…わたしもきのうは言い過ぎたような気がするし。
アキラ 昨日あなたにあんなことを言った後に、お母さんにもしものことがあったらと思うと、怖くて怖くてたまらなかった!
ゆりえ いや別に、アキラがウチの母親を轢いたわけじゃないし。それにそんなことになったら、わたしが今日、学校に来てるわけないでしょ。
アキラ あたしは、昨日ほど反省したことは生まれてから一度もないよ! 自分が他人にどれだけわがままを言ってきたか、あんたにどんなにひどいことを言ってきたか!
ゆりえ …反省するのはいいと思うよ。それであんたの状況が、良くなるわけじゃないけどね。
アキラ あたしは確かにイヤな奴だ。だけど、イヤな奴になりたかったわけじゃない。
ゆりえ それはそうだろうけど。
アキラ みんなといっしょに劇を作りたかったし、みんなとお客さんを感動させたかった。だけど、できなかった。
ゆりえ そうだね。
アキラ 意地を張って、平気なフリをしていたけど、本当は、部員がひとり減り二人減りしていくたびに「捨てられた」って思ってた。
間。
アキラ だから、やめたあの子たちにもあたしを認めてほしかった。あたしの劇を見せて、あの子たちにも感動してほしかった!
ゆりえ 無理だよ。今のあんたを認めれば、「自分がダメだった」ってことになるし。
アキラ それ以前に、あたしの顔を見るだけで、あたしの名前を聞くだけで、イヤな気分になるかもしれない。
ゆりえ それは…(否定はしない)どうだろうね。
アキラ だけど、あんただけはあたしを捨てなかった!
ゆりえ 昨日言った通り、やめたいって言う勇気がなかっただけだよ。
アキラ そんなことは関係ない! みんながあたしを捨てていった。それでも部室にいけばあんたがいる。昨日と同じように、今日もあんたがいる。今日と同じように、明日もあんたがいる!
ゆりえ …は?
アキラ それに救われていたことに、昨日やっと気がついたんだ!
ゆりえ …はあ。
アキラ 三年生二人だけの、4月には新入生を募集しない、廃部が決まっている演劇部。そんな演劇部で、卒業間近の二月に公演をすることにこだわったのは、高校生最後で最高の舞台を、あんたとあたしの二人で、作りたかったからなんだ!
間。
アキラ 昨日と同じ今日が、いつまでも続くために。
間。
アキラ 今日と同じ明日が、いつまでも来るために!
間。
アキラ そのことに、昨日ようやく気がついた。
間。
アキラ だけど、あんたが言う通り、お客さんがいなければ、演劇じゃない。上演なんか不可能だ。これでもう、あたしのあんたとのつながりも消える。
間。
アキラ 昨日と同じ今日は、もう二度とやってこない。
アキラ、ゆりえの手を取ろうとする。
アキラ ゆりえ、今までいっしょにいてくれて…。
ゆりえ、アキラを突き飛ばす。
ゆりえ さわるな! 貧乏がうつる!
アキラ、突き飛ばされて倒れる。
ゆりえ、突き飛ばした自分の手を見て、それで口を覆う。
アキラ、起き上がる。
アキラ ごめんね…。
ゆりえ なんで謝るの!? 突き飛ばしたのはわたしなんだよ!
アキラ あんたみたいなやさしい子に、こんなことをさせた、あたしが悪い。
ゆりえ だけど!
アキラ 今まで一緒にいてくれて、ありがとう。
ゆりえ 何でそんなことを言うの! わたしはいま、絶対に言っちゃいけないことを言ったんだよ!
アキラ それでもあたしはあなたに感謝している。……(さわやかに微笑む)ありがとう。
アキラ、上手に退場しようとする。
ゆりえ …校内公演のタイトルを「昨日と同じ今日が来る」にしようよ。
アキラ えっ。
アキラ、立ち止まって振り返る。
ゆりえ もう高校生活も終わる。今日と同じ明日が来るとは限らない。いや、公演が終わったらすぐ卒業だ。今日とおんなじ明日なんて、きっと来ないだろう。だけど今日は、今日までは、昨日と同じ日だっていう意味だよ。
間。アキラ、うれしいけれどとまどっている。
アキラ だけど台本は。
ゆりえ ねえ、わたしが最初に持ってきた台本を覚えてる?
アキラ あの時はごめん!
ゆりえ そうじゃなくて、「相手にとって一番大切だったのは自分だった」っていう話だったよね。他のも結局そういう話なんだけど、そんな話を書いていた私が、自分が大事に思われていることに気づかなかった。
アキラ それはあたしが、ゆりえが大事なことに気づかなかったからだと思う。
ゆりえ だったら、アキラを大事に思っている人もいる。
アキラ あたしには信じられない…。
ゆりえ アキラの台本、いろいろ言っちゃったけど、話としてはよくできてると思うよ。
わたしが三回も台本を書いてきたのは、あんな話を書けるアキラに、自分を認めてもらいたかったからっていうのもあると思う。だから…。
アキラ だから?
ゆりえ アキラが書いた台本とわたしが書いた台本を一緒にしちゃおう!
アキラ そんな無茶な。
ゆりえ 無茶でもいいよ。やろうよ!
アキラ お客さんが…。
ゆりえ 一人も来なくてもいいよ。
アキラ なんだか、ただの自己満足のような。
ゆりえ 何言ってるの! 自己満足ほど大切なものはないでしょ。それが達成感になって、自己肯定につながる!
アキラ そうかなぁ。
ゆりえ そうだね…。ちょっと無理があったか。
アキラ うん…。
ゆりえ だけどお客さんがいなくても、アキラにはわたしがいるし、わたしにはアキラがいる。
音響 BGM みゆはん「足跡」
アキラ えっ…。
ゆりえ わたしは、アキラに見せるためだけに、アキラとわたしの台本を演じる。わたしはそうするけれど、アキラは…どうする?
アキラ あたしは、あんたに見せるためだけに演じる!
ゆりえ アキラならきっと、上演しているわたしを感動させてくれるよ! だって…。
アキラ えっ?
ゆりえ わたしはいま、あなたにとっても感動しているから!
アキラ、ゆりえに抱きつく。
アキラ あたしの願いが、全部かなった! ゆりえ…、神様…、ありがとう…。
終