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昨日と同じ今日が来る  作者: 恵梨奈孝彦
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四日目

四日目

四場

   アキラ、ドスドス下手から登場。ゆりえ、それを追うように上手から登場。


アキラ なんなのあの子たち! 信じられない!

ゆりえ えーと。何があったわけ?


   アキラ、ゆりえ、向かい合って座る。


アキラ 放課後にはあんたと検討したかったから、昼休みにさとみの教室に行ったんだ。それで「台本をちょうだい」って言ったら、「ない」とか言うんだよ。 まったく、今日か明日には台本決めなきゃならないのに!

放送(音響)連絡いたします。3年3組の柴田ゆりえさん。3年3組の柴田ゆりえさん。至急職員室に来てください。

ゆりえ いいよ。続けて。

アキラ 頭きたから「あたしは『今日までに台本を用意してね』って言って、あんたは『はい』って言ったじゃないの。できないなら最初から断りなさいよ!」って怒鳴ったんだ。

放送(音響)連絡いたします。3年3組の柴田ゆりえさん。3年3組の柴田ゆりえさん。至急職員室に来てください。

ゆりえ 続けていいよ。どうせ、前田先生の課題の話だから。

アキラ そうしたら、さとみの奴、ぴーぴー泣きだしやがった! 全く、こっちは幼稚園のころから、親父に腹に蹴りを入れられてきたんだ! 女が泣いたくらいで動揺するか!

ゆりえ そうだろうねえ。

アキラ そうしたら、周りの演劇部をやめた連中が、「イジメだ」とか「教室から出てけ」とか言い出して…。

ゆりえ そうなんだ。

アキラ 「あんなに迷惑かけて部活やめたんだから、これぐらい協力して当たり前だ」って言ったら、「そんなのは部活に残った人間の理屈だ。さとみにも、今の自分たちにも関係ない」って、恥ずかしげもなく言ったんだ!

ゆりえ ふうん。

アキラ 自分が根性無しで甘ったれだっていうことを平気で言ってるんだよ! いやなことから逃げたくせに! それに比べてゆりえは…。

ゆりえ さっきの話を続けて。

アキラ それで、放課後にその教室の前の廊下を通ったら、前の戸がバタンて閉じて、あたしが歩いていくと、後ろの戸がバタン! 次の教室にさしかかったら、前がバタン! 後ろがバタン! その次の教室でも…。部活をやめた根性無しどうしが連絡を取り合ったに決まってる!

ゆりえ それは、大変だったねえ。

アキラ あんな根性無しがつるんで何ができる! あたしはね、「お客さんを感動させる舞台」が作りたいんだ。あんな奴ら、いたって邪魔になるだけだ! あいつらがいたら、絶対にそんなものは作れない! その点ゆりえは…。

ゆりえ 昨日の台本、あの、ボール箱に何が入っていたのかっていう話の、オチは変えずに膨らましてきたから、読んでちょうだい。

アキラ (ちょっと微笑む)さすがゆりえ! あいつらとは違う!

ゆりえ 昨日もそんなこと言ってたね。…これもアキラが気に入るかわからないけど。


    ゆりえ、A4用紙の束をアキラに渡す。

    照明が完全に消えてから、アキラとゆりえにのみスポットライトが当たる。

    アキラ、男子用のズボンを履いている。

    ゆりえとアキラ、数メートル離れて、背中を向け合って座っている。

    ゆりえは女の子らしく座っているが、アキラは脚を膝の上に上げてわざと行儀悪く、男子のように座る。

    ゆりえ、スマホを操作して耳に当てる。

    アキラのスマホから着信音。

    アキラ、スマホを耳に当てる。


ゆりえ (大声で)ハルキ?

アキラ あのなあサヤカ、おれに電話したんだから、おれに決まってるだろ…。

ゆりえ 久しぶり!

アキラ さっき別れてから一時間くらいしか経ってないぞ。

ゆりえ さっきはありがとう! クレープおいしかった!

アキラ さっきから会話が成立してないと思うんだけど。

ゆりえ イチゴクリームっておいしいよね、恋してしまいそうよ。いや、愛と呼んでも言い過ぎじゃない!

アキラ おまえの人生にとっていちばん大切なのは、イチゴクリームのクレープなわけだな…。なんていうか、安い人生だ。

ゆりえ なんだかバカにされているような気がするけど。

アキラ ひとの話は全く聞かないくせに、そういうことには敏感なんだな…。

ゆりえ それじゃあ、あんたにとっていちばん大切なものを教えなさい!

アキラ なんでおまえにそんなことを言わなきゃならんのだ…。

ゆりえ あたしが知りたいから。

アキラ すごいこと言ってるな。

ゆりえ さっさと言え!

アキラ そうだな。水と空気と食料だ。

ゆりえ それは無いと死ぬものでしょ。そういう意味じゃなく、あんたが大事にしてるものよ。

アキラ 勉強道具。

ゆりえ ウソね。

アキラ パソコンとゲーム。

ゆりえ あんたの部屋のパソコンに、隠しフォルダがいっぱいあることは知ってるわよ。

アキラ 部屋を荒らしやがったな…。

ゆりえ それで、あんたがいちばん大切にしてるのは何なの!

アキラ おまえ、これを聞くとドン引きするぞ…。

ゆりえ あたしは今、ドン引きしたい気分なの!

アキラ どんな気分だよ…。

ゆりえ 言いなさい!

アキラ おまえさっきハンドバック持ってたな。その中に入っている。

ゆりえ あんた、あたしのバックの中になんか入れたわけ?!

アキラ バカ言え。おれがおまえのバックに自分の物なんか入れるか。自動的に所有権が移ってしまう。

ゆりえ あんたのモノはあたしのモノ。あんたのモノなんか、この世のどこにもないのよ。

アキラ ……たしかに、それはおれのものなんかじゃないな。

ゆりえ それって何よ。

アキラ だから、大切なものだ。

ゆりえ あんた、自分の物でもないものが大切なわけ?

アキラ その通りだ。

ゆりえ 何それ。意味がわかんない。

アキラ とりあえず、バックに入っているものを一つずつあげていってみろ。

ゆりえ あんたさあ…、女の子のバックの中身が知りたいの?

アキラ おまえが言いにくい物はとばせ。その中にはない。


    ゆりえ、ハンドバックからリップクリームを取り出す。


ゆりえ リップクリーム

アキラ おまえ、おれがおまえのリップクリームを大事に思ってるって言ったら、ドン引きするだろうが。

ゆりえ さっきそう言ったじゃないの!

アキラ もっと引くようなものだ。


    ゆりえ、ハンドバックから歯ブラシを取り出す。


ゆりえ 歯ブラシ。

アキラ リップクリーム以上に引くだろうが…。

ゆりえ そう言ったわよ、あんた。


    ゆりえ、ハンドバックからコスメを取り出す。


ゆりえ 化粧品?

アキラ 俺がそんなものを大事にしてると思うか?

ゆりえ 思わないわよ。…あんたが化粧してる姿を想像しちゃったじゃないの! 責任取りなさい!

アキラ 勝手にそんなものを想像するな。

ゆりえ 案外似合うかもね。

アキラ やめろ。女顔なのはコンプレックスなんだ。他には何がある。

ゆりえ 今は取りだして使ってるけど、さっきまで入ってた、スマホ。

アキラ おまえ、俺のスマホは平気で開いて見るくせに、絶対に自分のスマホは触らせないだろう。

ゆりえ あたりまえよ。女の子の私物は尊いのよ!

アキラ 俺の受信メールと送信メールから始まって着信履歴とリダイアル、ラインのやりとりから保存してある写真まで毎日チェックするのはよせ。

ゆりえ あんたのお母さんから頼まれてるからね。幼なじみの素行を知っておくのは当然のことよ。

アキラ ……それについてはおまえとは、後でじっくり話し合う必要がありそうだな。それはともかく他には何が入っている?


    ゆりえ、ハンドバックから財布を取り出す。


ゆりえ まさか……、お財布?


    間。


ゆりえ ちょっと、なんで黙り込むのよ!


    間。


ゆりえ ああもう、わかってるわよ! あたしの財布があんたの役に立ってないってことぐらいはね!

アキラ 大体おまえ、俺と出かける時に財布なんか持ってたのか? 俺はおまえが財布を取り出すところを一度も見たことがないぞ。

ゆりえ 言い過ぎよ、バカ!

アキラ 逆ギレするな。

ゆりえ 逆ギレじゃないわよ! こんなことをしていること自体が、プライバシーの侵害でしょ!

アキラ おまえがいつ俺のプライバシーを尊重した?

ゆりえ 女の子のプライバシーは、無条件で尊重されるべきなのよ!

アキラ 俺はおまえにプライバシーという概念があったことが驚きだ。

ゆりえ あんた、ケンカ売ってんの?

アキラ おまえが言いにくい物には無いって言ったはずだが…。

ユリエ あとは…、鏡ぐらいしかないわよ。

アキラ …そうか、やっぱりあったか。

ゆりえ 何よあんた、鏡なんか大事にしてるの?


    間。


ゆりえ よっぽどのイケメンならともかく、あんたが鏡を大事にしてても笑えるだけだわ。

アキラ そうだな、その通りだ。


    間。


アキラ おれもそう思う。


    間。


アキラ 笑いたかったら笑えばいいさ。


    間。


アキラ だからこの話はこれで終わりなんだ。


    間。


ゆりえ あんた、何かごまかしてるでしょ!

アキラ いや、俺は本気だ。

ゆりえ あんたが鏡なんか大事にしてるわけないでしょ。本当のことを言いなさい!

アキラ なんていうか、頑固な奴だな。だいたいこんなことを聞いたって何にもならんぞ。

ゆりえ それはあたしが決めるわ。

アキラ そうか。それならそこに何がある?

ゆりえ だから、鏡しかないわよ!

アキラ 何が見える?

ゆりえ 鏡しかないんだから鏡しか見えないわよ!

アキラ その無駄にでっかい目を見開いてよーく見てみろ。何が見えてる!


    数秒の間。ゆりえ、髪を直したりする。ゆりえ、何かに気づく。


ゆりえ ああっ…。


    間。


ゆりえ あっ、あんた…、こんなものが大切なの?


    ゆりえ、自分の顔を撫でる。涙を拭う。


アキラ こんなものって言うんじゃねえ……。おれにとっては大事なものだ…。これを悪く言う奴は許さん。……たとえおまえでもな。


    間。


ゆりえ あんた……、これ、ほしいと思わないの?


    間。


アキラ いきなり何を言い出すんだ!


    アキラ、口をパクパク振るわせていて、ガタガタ震えている。明らかに挙動不審。


ゆりえ 自分だけのものにしたくはないの?


    間。


放送(音響 前回より必死な感じ) 連絡いたします。3年3組の柴田ゆりえさん。3年3組の柴田ゆりえさん。大至急職員室に来てください!


    パッと照明が点く。


ゆりえ いいから続けましょう。行かなくても大丈夫だよ。


    アキラ、膝の上に置いていた脚をもどして体ごとゆりえの方を向く。


アキラ いや…、やめよう。

ゆりえ そう? 


    ゆりえ、体ごとアキラの方を向く。


アキラ なんていうか、この台本には女から男への甘えを感じる。

ゆりえ そう言われるかもと思って、今日はアキラが女役をやらないようにしたんだけど。

アキラ 一昨日の話は、鏡が箱の中に入っていて、男の子が鏡の中の自分を見て、母親にとって何よりも大切なのは自分だって気がつく話だ。

ゆりえ そうだよ。

アキラ 親への甘えが描かれてる。だからあたしは、その台詞を言う前に、稽古を切った。

ゆりえ そうなんだ。

アキラ 昨日の台本の「あたしはもう大丈夫よ、だって、あいつがいるもの」の「あいつ」っていうのは、あの男子のことだ。

ゆりえ そうだよ。

アキラ つまり、年上の女子が年下の男子に守られる話だ。

ゆりえ そうだね。

アキラ だから昨日はあそこで話を切ったんだ! それだけで、後の展開が予想できる! わがままな女が献身的な男に守られる話だ!

ゆりえ それだけじゃないけど。

アキラ 今日の話は女の子が、好きな男の子に「おまえが何より大事だ」って言われる話だし、結局おんなじなんだよ。

ゆりえ どういう意味で?

アキラ 他人に甘えたいっていうあんたの願望が描かれてる!

ゆりえ そういうつもりはないけどね。

アキラ 作者っていうのは、自分が読みたい話を書くものなんだ。

ゆりえ たしかにこの話は、一昨日のとオチは同じだけど。

アキラ あたしなんか、幼稚園のころから親父に殴ったり蹴ったりされてたんだ! 女の子の観客が、女子が男子に守られる話なんかで感動するわけないでしょ! すぐにでも台本を決めなきゃならないのに、こんな話を持ってきて! さっきまでの時間を返しなさいよ! まったく、親の顔が見たいよ。どんなに甘やかされたらこんな話を書くようになるんだか!  

ゆりえ (むっとする)そうは言うけれど、あんたが書いてきた話だって大概だよ。ひきこもりへの偏見に満ちあふれてる! 作者は神様なんだよ。アキラは気がついてなかったけど、言ったことは実現するんだよ。ひきこもるような奴は死ねってこと?

アキラ 少なくとも甘えてることは間違いない。

ゆりえ 動物が死ぬ話はいやなのに、ひきこもりが死ぬ話は平気なんだ。

アキラ ひきこもりが動物よりも偉いなんて、だれが言ったの?

ゆりえ それに、ひきこもりを男に設定するあたり、「自分のことじゃない」っていういやらしさを感じるね。

アキラ あたしのことじゃないことは確かだよ。

ゆりえ 作者は自分が読みたい話を書くってさっき言ったよね。なんでこんな話を書きたくなったの? 甘えてる奴は死ねってこと?

アキラ そう取ってくれてもかまわないよ。

ゆりえ 他人に「甘えてる」って言っている子は、「自分は甘えてない」って言いたいだけなんだよ。

アキラ そう言いたいんだよ。あたしは甘えてないよ。みんな進学する中で、あたしだけ就職だ。だけどみんな、勉強したいわけじゃないよね! 四年間遊びたいだけなんだ!

ゆりえ そんな話を見て、お客さんが感動すると思う?

アキラ だから、その話はボツにしたでしょ! いつまで言ってるの!

ゆりえ どんな台本だろうが、あんたにはお客さんを感動させることなんかできないよ。

アキラ なに? あたしの演技力のことを言ってるの? あんたのほうがよっぽとへたくそなくせに!

ゆりえ たとえあんたが、プロ並みの演技をしたとしても、お客さんを感動させることはできないよ。

アキラ なに? 演出がいないってこと?

ゆりえ たとえプロの演出がついたとしても、観客を感動させることなんてできないよ。

アキラ 何言ってるの!

ゆりえ 観客なんて、一人も来るわけないでしょうが!

アキラ はぁ? やめた連中のこと言ってるの? そりゃああの子たちは来れないでしょうねえ、恥ずかしくて! 

ゆりえ あんた、学校中からどれだけ嫌われてるかわかってるの! それでなくても嫌われてるのに、今日なんて、ひとの教室に行って、部外者の子を泣かせて! 

アキラ あれだけ迷惑かけてやめたんだから、協力するのは当然でしょ!

ゆりえ そんなもん、あんただけの理屈でしょ! あたしだって納得できないよ!

アキラ まったく、どいつもこいつも甘ったれで…。

ゆりえ 甘えてるのはおまえだ!

アキラ はぁ、もう一度言ってごらん!

ゆりえ …こんなに簡単な言葉でも、一回聞いただけじゃわからないほど頭が悪いの?

アキラ あたしは、幼稚園のころから親父に殴られたり蹴られたりしてきた! お母さんが親父と別れたから、進学もできずにいる!

ゆりえ わがままな親に育てられた子は、結局わがままになるんだね…。

アキラ なんだと!

ゆりえ あんたの家が大変なのは、あたしのせいでもなければ、さとみのせいでもないし、やめた子たちのせいでもないんだよ!

アキラ だけどあの子たちに部活をやめられて、あたしは迷惑した! ちょっと厳しく叱ったくらいで…。

ゆりえ 同級生なんだよ。対等なんだよ! それを「叱った」とか言うあんたのカンカクが問題なんだよ!

アキラ それを不愉快に思ったりするから、中途半端でやめることになる! いやなことから逃げておいて、成長なんかできるはずがない!

ゆりえ そういうあんたは成長したの? できてないよねえ。あんたの短所、そのまんまじゃん。なんにも変わってないんだよ! そのせいで、あの子たちがやめたとは思わないの?

アキラ たとえそうであっても、あんな半端な奴らといっしょだったら、お客さんを感動させる舞台なんかつくれやしない!

ゆりえ それで、あの子たちをやめさせて、今のあんたは「お客さんを感動させる舞台」を作れてるの?


    間。


ゆりえ 作れてるの?


    間。


ゆりえ 作れてるの?


    間。


ゆりえ 作れてるの!


    間。


ゆりえ 作れてないよねえ。「感動させる」どころか、劇そのものを作れてないでしょ!


    間。


ゆりえ まあ、どうせ観客なんか来ないから、同じことなんだけどね。こんな公演やめよう。やっても無駄だ! 観客がいない舞台なんて、それこそ演劇じゃない!

アキラ あたしを知ってる子がどんなにあたしを嫌いでも、あたしのことを直接知ってる子なんて、ほとんどいない!

ゆりえ 一学年百人くらいの小さな女子校なんだよ! あんたが知らないだけで、あんたの評判は、学校中に広まってるんだ! あんたが舞台に立つ限り、誰も来ないよ。なんで嫌いな子が出ている劇を、わざわざ見に来なきゃならないのさ!

アキラ 部活から逃げた、甘えた奴らに何ができる! そんな影響力なんかあるはずがない!

ゆりえ だから、何もしないって言ってるでしょ! あんたが出てる劇なんか見に来るわけないよ!

アキラ そんなことを考えてるのは、やめた奴らだけだ!

ゆりえ だから、全校生徒が、あんたに関わりたくないんだよ。関わりたくないこと山の如しなんだよ!


    間。


ゆりえ …あたし今、ちょっとうまいこと言った?

アキラ 全然!

ゆりえ 話をもどすけど、みんなあんたのことを、最初からいなかったことにしたいんだよ!

アキラ さっきから、黙って聞いてりゃ勝手なことを言って! 

ゆりえ ちっとも黙ってないじゃん!

アキラ さっきちょっと黙った!

ゆりえ 言葉が出て来なかっただけでしょ!

アキラ けっきょくあんたは何もわかってない! あたしがどんな経験をしてきたか、全くわかってない!

ゆりえ そんなことを言えば、何でも思い通りになると思ってるの!

アキラ そんなわけないでしょ! 何でも思い通りになるんだったら、あたしの知り合いの、半分くらいは死んでいる!

ゆりえ こういう気持ち悪いことを言うあんたと一緒にいるのは、あたしに「やめたい」って言う勇気が無かっただけなんだよ。

アキラ 甘ったれだからね。

ゆりえ あんたと同じなんだよ。

アキラ はぁ? あたしは親父に殴られている時、早く血が出ればいいと思ってた! 血が出れば、親父が殴るのをやめるから! いつ親父が爆発するかわからなくて、毎日家の中で気が休まる時間が一秒もない経験をしてきたあたしと、末っ子で甘やかされて育ったあんたの、どこが同じだ!

ゆりえ あんたはつらいことから逃げなかったんじゃなくて、逃げられなかっただけなんだよ。その時のくやしさがいつまでも残っているから、今でもまわりに怒ってばかりいる! だからあたしは逃げるよ。このままでいたら、あたしまであんたと同じになっちゃうじゃん!

アキラ 全然違う! あんたの書いた鏡の台本は、何もしなくても親に愛されるって話だった! 他の話も、親が男に変わっただけだ。あたしの「星を見る少女」では、何の努力もせずに親に愛されている奴をひどい目に合わせた!

ゆりえ 親に愛されるための努力っておかしいでしょ!

アキラ あんたの親は、何もしなくても子どもを愛するんだろうね。

    そんなあんたに予言をしてあげよう。

    たしか、あたしの言ったことは実現するんだったね。

    今日、あんたの親が交通事故で死ぬ!

それを知ったあんたは、ほんの少しだけ、あたしの言ってることがわかるようになる!


    ゆりえ、歯を食いしばってアキラに向かって手を振り上げる。

    アキラ、ふてぶてしく笑いながらゆりえをにらむ。


放送(音響) 3年3組の柴田ゆりえ! お母さんが交通事故に遭った! すぐに荷物を持って靴をはいて、玄関まで来い!(言うのが難しいようなら敬語にする)


    ゆりえとアキラ、呆然として顔を見合わせる。

    ゆりえ、カバンを持って走って上手に退場。

    取り残されたアキラ、呆然とする。

    アキラ、動揺のあまり舞台の上をうろうろ歩き回る。


アキラ ええええっ。嘘だ。嘘だ。うそダァァァァァッ! うそ…。

放送(音響) ゆりえ! さっさと玄関に来い! 病院に行くぞ!!


アキラ そんな…。


    アキラ、うろうろ歩いたあげくに、観客席に正対して手を組む。


アキラ (必死)

ゆりえのお母さんが

    死んだりしませんように。

    死んだりしませんように。

    死んだりしませんように。

    神様、

    ゆりえのお母さんが助かるなら、

    あたしが持っているものをすべて差し出します!

    公演ができなくなっても、ゆりえと二度と会えなくなってもかまいません!

    だから、

    ゆりえのお母さんが、

    死んだりしませんように。

    死んだりしませんように。

  

(泣いている)死ぬなぁっ、こんちくしょうっ!

暗転



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