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昨日と同じ今日が来る  作者: 恵梨奈孝彦
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一日目

戯曲形式です。「はりこのトラの穴」にも掲載してます。

「昨日と同じ今日が来る」  


登場人物

アキラ 高校三年生 女子 演劇部部長

ゆりえ 高校三年生 女子 演劇部副部長


一日目

一場 演劇部部室

    アキラとゆりえ、机の前の椅子に座り、向かい合って話している。


アキラ それで、二月の校内公演についてだけど…。

ゆりえ え…? 本当にやるの?

アキラ 当たり前でしょう。あたしは就職が決まってるし、あんたは進学が決まってる。進路で忙しいなんて言わせないよ。

ゆりえ そういうことじゃなくて、二人しかいないんだけど。

アキラ そうだね。みんなやめちゃった。だから四月には新入生も募集しない。廃部も決まってる。みんなあいつらのせいだ! 根性なしばっかりだ! ちょっと厳しいことを言っただけで、べーべー泣き出して…。あたしなんか、進学とか無理な中でも部活を頑張ってきたのに! 何しろお母さんがDV親父と別れてから二つのパートを掛け持ちしてやっと生活している状態だからね!

ゆりえ もともと人数の少ない学校だからね。全校で三百人くらい。演劇部に入った数も少なかった。

アキラ それで去年の校内公演では、自由参加にもかかわらず、全校生徒の三分の一くらいが観にきてくれた!

ゆりえ そうだったね。

アキラ それだけいい劇だったってことだよ。客さんにいいものを見せる、お客さんを感動させるためには、普段の練習の厳しさも必要だったんだ! それを、部活から逃げたあのコらは…。

ゆりえ そうだね。

アキラ ホントそう! だけどゆりえは偉いよ。あたしがどんなに厳しく叱ろうが、ここまで頑張ってきた…。

ゆりえ アキラ…、話がそれてるよ。

アキラ そうだった! 二月公演の話だった!

ゆりえ 望月先生は…。

アキラ あのヒトは「いるだけ顧問」だからね。

ゆりえ 最近いないけど。

アキラ あのヒトは、あたしらが「やる」って言ったら、講堂の予定をとるだけだし、「やめる」って言ったら、予定を取り消すだけだ。

ゆりえ 二人で何をするの?

アキラ 演劇に決まっている。

ゆりえ それはわかるけど…、ええ? 「トシドンの放課後」でさえ役者が三人必要なんだよ。それとも、あんたが朗読劇をしてあたしがスタッフとか?

アキラ それじゃ、あんたがかわいそうだ。

ゆりえ かわいそう、って…。

アキラ それじゃあ、やめた奴らが、あたしがあんたを奴隷扱いしてるって、蔭口を叩くに違いない!

ゆりえ 奴隷?

アキラ あいつらを見返すためには、二人で対等に舞台に立つしかない!

ゆりえ 台本はどうするの? せめて今週中には台本を決めなきゃだけど、役者二人のなんて、そうそうないんじゃないの?

アキラ 書いてきた!

ゆりえ ええっ!


    アキラ、A4用紙の束を取りだしてゆりえに渡す。


アキラ 読んでみて!


    照明が消えて、アキラとゆりえにのみスポットライトが当たる。

    アキラ、座ったまま。ゆりえ、立ちあがって下手に移動。立ったままA4用紙を音読する。


ゆりえ むかしむかし、ある部屋にひきこもりがいた。


    アキラ、椅子に座ったまま。


ゆりえ ひきこもりはずいぶん長い間、三階から降りていない。食事は朝昼晩、母親が運んできてくれる。ひきこもりがこの部屋からほとんど出なくなってからどれくらい経つのか、彼自身もわからなくなっていた。


    ゆりえ、一度退場する。お盆を持って登場。


ゆりえ ご飯だよ…。

ゆりえ ドアの外から母親の声がした。妄想から一気に、現実に引き戻された。


    アキラ、ビクッとする。振り返って上手を見る。


ゆりえ 「あんたの好きなハンバーグとアサリの味噌汁だよ…」


間。


ゆりえ 「今日はお父さんは遅いから、ダイニングにはいないよ…」


アキラ、振り返るのをやめてもとの姿勢にもどる。

母親、床にお盆を置き、名残惜しそうに退場。


ゆりえ 母親の足音が消えるのを確認してひきこもりはドアを開けた。廊下に、ラップに包まれた夕食があった。


アキラ、立ちあがって床にあるお盆を取り、お盆を机の上に持っていく。食べる動作。


ゆりえ おれは一体何をしているんだろうか。生きていても価値がないんじゃないだろうか。

ふと後を向くとドアに鏡がかかっている。無精ひげが生え、ボサボサ髪の自分の姿が映る。


    アキラ、立ち上がる。


ゆりえ たまらずドアを開いた。


    アキラ、サッシを開ける動作。


ゆりえ ドアの向こうの窓に、満天の星が輝いているのが目にとびこんできた。

    オリオンの二つの四角がくっきりと見える。

    以前この星座を見た時は、自分はひきこもりではなかったはずだ…。

    ふとそんなことを考えてしまった。急に星を見ることもつらくなった。

    部屋にもどろう…。そう思った時、三軒くらい西のベランダに、顔を上げている人の姿が見えた。


    星を見る少女の姿が浮かび上がる。


ゆりえ 体の大きさや着ている服から、少女のように見えた。

    少女は、星を見上げているようだった。

    ひきこもりもまた星を見上げた。

    誰かと一緒に同じことをするなどいつ以来だろうか。

    ひきこもりは涙ぐみながら部屋にもどった。


    アキラ、座る。


ゆりえ 次の日は雨だった。ひきこもりはずっと部屋の中でマンガを読んで過ごした。


 雨の音。アキラ、寝ながらマンガをよんでいる振り。


ゆりえ その次の日は曇りだった。ゲームをしながらずっと部屋の中で過ごした。


    アキラ、寝ながらゲームをしている振り。


ゆりえ それでもひきこもりは、少し変わった。もちろん部屋から一歩も出ることはなかったけれど、あの少女のことを考えるようになった。

    今日は雲がないはずだ。

もし今、ドアを開けて窓の向こうにあの少女が星を見上げていたら…。

    もし彼女があそこにいたら、自分はあの子と運命をともにしてもいいと思った。


    アキラ、机に肘をついて手を組む。


ゆりえ 彼女と同じ運命をたどるのが自分の運命ならば、神様、どうかあの子をベランダの上にいさせて下さい!


    アキラ、立ちあがってドアを開ける。


ゆりえ 勢いよくドアを開けた。

 星ではなくベランダを見た。


星を見る少女、立っている。


ゆりえ 彼女は…、いた!

 少女は初めて見た時と同じく、ひっそりと顔を上げていた。

    ひきこもりは空を見上げた。今日も雲がない。降るような星空だった。

    母親が起きる時間になった。

    彼はもうひきこもりではなかった。部屋のドアの外に出て、階段を降りて行った。


アキラ、舞台の上を歩き回る。


ゆりえ 階段を降りてガラス戸を開ける。たてつけのよいガラス戸は彼を歓迎するかのようにするすると開いた。


    アキラ、もとの椅子のところに戻ってくる。スポットがもう一つ点く。ゆりえの姿がある。


ゆりえ 一階のキッチンではすでに母親が朝食の支度をしていた。

アキラ おはよう。

ゆりえ おはよう…。


    間。


ゆりえ 母親が涙ぐんでいるのがわかった。青年も涙ぐみそうになった。母親の様子に気づかないふりをしながらキッチンに入った。

    キッチンも、彼の部屋とちがってきれいに整頓されている。トースターの位置もパンかごのある棚も記憶と寸分も違わない。これも母親の心づかいだろうか。

アキラ パンは自分で焼くよ。

ゆりえ  そう、ちょっと待ってね。目玉焼きとサラダができるから。


    アキラ、ゆりえのそばでコーヒーを淹れる動作。


ゆりえ 青年は母親が調理をしている間にコーヒーを淹れ、できあがった朝食を自分でテーブルまで運んだ。父親はすでに会社に行っていない。テーブルにつくと、母親が座るのを待った。


    アキラ、座る。ゆりえも向かいに座る。


ゆりえ 母親が席に着くと両手を合わせて母親に向かって言った。

アキラ いただきます。

ゆりえ おいしい。いつもの食事よりはるかにおいしい。だれかとテーブルを囲んで食事をするのはいつ以来だろうか。

 しかしつい、互いに黙ってしまった。

    今日、あの家に行ってみるつもりだということを話すことにした。突然で相手には迷惑だろうが、母親は自分が外に出ることを止めようとはしないだろう。その                             

時、母親が口を開いた。


間。


ゆりえ あんた知ってる? あんたは近所のことにはもともと無関心だったけど…、うちから三軒向うの家の御嬢さんが首を吊ったんだって。なんでもご両親の離婚騒ぎで家族が別に住んでいたから、今朝発見されるまで、一週間もベランダにぶらさがっていたそうよ…。


ライトがフッと消える。

ライトが点く。ベタ明かり。

ゆりえがアキラの向かいに座っている。


アキラ ねえ、どう思う?

ゆりえ うーん。よくわかんないけど。

アキラ はぁ? わかんない? 人間はね、何を見ても何を聞いても、何かは感じ取るものなんだよ! わかんないってなんだよ!

ゆりえ うーん…。

アキラ うーんじゃなくて、あんたが感じたことをそのまま言えばいいの!

ゆりえ ちょっと、短くない?

アキラ これを膨らませればいいでしょ。

ゆりえ この後のひきこもりを描くの?

アキラ それもいいんじゃないかな。

ゆりえ ひきこもりが、ベランダにぶら下がるまでを?

アキラ そうなるとは限らないじゃない。

ゆりえ だってこのヒト、「彼女の姿が見られたら、彼女と同じ運命になる」って誓ってるから、それがかなえられたら、同じようにならなきゃおかしいでしょ。

アキラ えっ…。

ゆりえ それからこれ、有名な都市伝説だよね。

アキラ 知ってたの。

ゆりえ わたしでさえ知ってるんだから、知ってる人は多いんじゃないかな。「星を見る少女」で検索すればいくつかヒットするし。

アキラ そうか…。

ゆりえ それに…、なんというか…、これって、「演劇」なのかな…。

アキラ どういうこと?

ゆりえ なんか、登場人物の心理とか、ほとんどナレーターが説明しちゃってるし。これじゃあ「演技」する必要なんかないというか…。

アキラ はぁ? あんたのへたくそな演技をフォローするためにこうしてあげたのに、演劇じゃないとか、なんてこと言うの!

ゆりえ じゃあ、わたしが「ひきこもり」をやって、アキラが「母親」をやるの?

アキラ あたしがなんで、ちょっとだけ出てくるような役をやるのさ!

ゆりえ アキラが母親で、わたしがひきこもり。それはいいけど、ナレーターは誰がやるの? わたしかアキラが、演技しながらナレーションをするの?

アキラ もういい、わかった! これはボツにする!


    アキラ、ゆりえからA4用紙をひったくる。


ゆりえ いや、ボツにしなくても。

アキラ そのかわりあんた、明日までに台本書いて来なさい!

ゆりえ ええっ。

アキラ あたしにここまで言うからには、あんた、これ以上のものが書けるはずだよね!

ゆりえ わたしは、思ったことを言えって言われたから言っただけで…。


    アキラ、立ちあがって上手に向かう。ドスドス退場。

    ゆりえ、追いかける。


ゆりえ ちょっと…。


   暗転。



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