人類絶滅のメリークリスマス
別の作品の閑話として執筆したものです。短編としても楽しめると思いましたので、投稿します。
side
有村名人
テレレレ、テレレレ……
暗い部屋にスマホのアラーム音が響き渡る。眠たい目をこすり、アラームを止め、スヌーズ機能を止める。
午前7時。今日は二限目からなのでこの時間に起きても大丈夫な筈だ。今日は12/24日。世間はクリスマスイブに色めき立っている頃であるが、かくいう俺も今年からは例外ではなくなっている。
軽めの朝食を取り、大学に出かける準備をする。大学に入ると同時に実家から出て一人暮らしをするようになった。大学から近いアパートを借りている。理由は男でも一人で生活できるだけの能力を今のうちに付けておきたいからである。
黒いロングコートを羽織り、マフラーを身に着ける。講義用の勉強セットを鞄に入れる。そして忘れてはいけない『大事な物』を忘れないように。
ピンポーン
きたか。
いつもの時間にいつものようにインターホンが鳴る。鞄を背負い、手袋をつけてから玄関の扉を開ける。
「おはようございます名人先輩!」
「おう、おはよう」
玄関の前には白髪の女性……見た目は少女の方が近いかもしれない。名前はニャル。海外から来た一学年下の大学生である。因みに俺が三年生でニャルが二年生である。
「今日凄い寒いらしいじゃないか」
「そうなんですよ、最高6度とかですって」
「そう思って、ほら」
俺はニャルに手袋をつけている手をひらひらと見せる。
「あー!それじゃ手握れないじゃないですかー!」
「手袋ごしに握ればいいじゃないか」
「素肌の名人先輩を感じられないじゃないですか!」
「寒いんだ文句言うな」
「ぶー」
二人で並んで大学に向かう。今日の二限目はニャルも一緒の講義なので二人で行こうと約束した。
「あ、あれやりましょうよ。一つの手袋に二人とも手入れて中で繋ぐやつ!」
「そんなフィクションみたいなはずかしい事やってたまるか!」
こんな会話をしているが俺とニャルは付き合っている。ニャルとの出会いは俺が二年に上がったばかりの時だ。
ニャルの姿は周囲から浮いていた。簡単に言うととてつもなく可愛いのである。テレビに出る女優やアイドルとも比べられない程に。絶対に本人の前では言わないけれど俺がこんな美少女と付き合えるなんて幸せ者だと思っている。
二人きりの時だけだがニャルはよくしゃべる。というかうるさい。話すことに事欠かないが、物凄くうるさい。入学したばかりの一人の時は黙りっきりだったのに。前にそのことを聞いたら『先輩の前でだけですよ!』なんて言われて赤面した思い出がある、二度と言うか。
ぺちゃくちゃ話していると大学に着き教室に入り、隣同士に座る。前までは俺とニャルが二人きりで話したりしてたら邪な視線とか俺に対する苦言とか聞こえて来たもんだけど最近は静かで何というか拍子抜けのような気持ちである。
「最近は静かだな」
「そ、そうですね、まぁトラブルが無いならいいじゃないですか」
「まあそれもそうか」
トラブルなんてもう二度とごめんだね。
………
……
…
講義が終わり、次は選択科目の為一旦ニャルと別れた。正直その時が近づくにあたり、心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。本番は夜だ、こういうのは男から行くもんだって親父も言ってたし、頑張るしかない。
結局、講義なんて一ミリも頭に入ってこなかった。
………
……
…
「わくわく」
「……」
「わくわく」
「……」
「わくわくっ!」
「……少しは静かに出来ないのか?」
「だって初めて名人先輩からデートに誘ってくれたんですよ!そりゃワクワクしますって!」
「ぐぅ……」
だって誘おうとする前にニャルから予定埋められるんだもん!というか誘ってくる日全部予定空いてる日だし!俺の予定知ってるのか?
「それで、私達はこれから何処に向かうんですか?」
「え?夜ご飯食べに行くんだけど」
「うえ、ラーメンですか?」
「流石に今日は行かねぇよ」
「おお、流石の名人先輩でも今日がクリスマスイブって事を分かっていましたか」
「流石のってなんだ流石のって」
今日の事は何か月も前から意識していたぞ。この為に貯金を崩してバイトを頑張ったまである。
電車がホームに到着して二人はそこに乗り込んだ。
………
……
…
「うおぅ」
「どうしたそんな声出して」
そうして数十分かけ、辿りついたのは駅から数分離れたレストラン。この日の為に予約をし、リサーチしてきた店である。店内は革で出来たソファや壁が石でできたモダンな雰囲気の店……と書いてあった。正直俺にはよくわからん。
「先輩がこんなお店に連れてきてくれるなんて思ってなかったですから」
「今日の日付が日付だからな」
「先輩が今日の為に……」
ニャルはこちらをまじまじと見て少し耳を赤くしている。少しもじもじしている、頭を撫でてやりたくなる。
個室を取っておいてよかった、思わず頭撫でていたら他の客に見られかねん。
「メニューはもう決まっててな、俗に言うクリスマスメニューってやつだ」
「へぇ、ここお肉とかのお店ですかね?お肉入ってると嬉しいです」
「入ってると思うぞ」
というかニャルが肉が好きだって事くらい知ってる。だから肉が多めなここの店をチョイスしたんだけど。
けどなかなかにお金は張る。大学生の一食分としたら相当な額である。
「やった!いつもよりおいしいお肉食べられるんですね!」
「まぁ今日は奢りだから好きなだけ食べな」
「わーい!」
ニャルが嬉しそうに笑う、それが見られたのなら今日の俺は満足……うお、まだだぞ、俺。鞄に入っている黒い箱を一目見て、気持ちを引き締める。
程なくして料理が到着し、二人で楽しんだ。
………
……
…
街のネオンが輝く中、俺とニャルは手を繋ぎ歩いている。
「おいしかったですねー」
「まぁ値段が値段だからな」
「もう、そこは『二人で食べたからだね』とかロマンチックな事言えないんですか?」
「嘘でもそんな事言ったらゲロが出そうだ」
「ご飯食べた後にゲロとか言わないでください!」
ロマンチック……正直、これから言う予定の言葉には必要なのかもしれないけど俺とニャルとの空間でそれが作り出せるかと言うと正直難しいかもしれない。
「時間は?」
「今10時くらいです」
「すこし……歩かないか?」
ちょっとこの言葉発するのに緊張しました。
「あ、歩く……ですか?はい、良いですよ」
「この先にクリスマスツリーがあるんだって、記念に写真でもって思ってさ」
「写真ですか!いつも取ろうとすると嫌がる名人さんがですか!」
「うるさいやい」
口実が下手で悪かったな。
「とにかくいくぞ」
「はーい」
さて、後は勇気だけである、これから向かおうとしているクリスマスツリーは街で一番目立つ広場にある大きなクリスマスツリーで人も多い。
その大勢の前で『プロポーズ』をしようとしている俺はバカなのか?学生では早い?いや、俺がしたいと思ったからするだけだ。
思えばいつからニャルの事をはっきり好きだと自覚したのはニャルが交通事故で大けがをした時である。あの時の事の俺自身の事は正直覚えていない。取り乱し、毎日お見舞いに行き、これが恋だと気づいた。
ずっと隣にいるうるさい君が、いつしか必要不可欠な存在になっていた。正直告白した時も成功すると思っていなかったし、最初に浮かんだ感情は驚きだったけれど。それでも今の俺のニャルに対する気持ちは愛だと自覚できる。
これ、後で後悔する思考かもしれない。大分緊張してるな俺。
なんでもいい、ただ今はこの愛しい娘に思いを告げるだけだ。
side ニャル
彼女という存在は『恋』を知った。いや『知ってしまった』というのが正しいのかもしれない。きっと一人以外の人々はそう思うのだろう。
彼女は何でも出来た、言葉の通り何でもだ。今こうして人間として生活しているのも何かの気まぐれだし、興味がなくなったらやめるつもりであった。
これにも飽きが来たからやめようか、と思ったその時、彼に出会った。後から思えばあれが運命の出会い、というものだったのかもしれない。
彼は有村名人という男性で彼が言うには一般的な大学生との事だ。
ならどうして彼の思考が読めないのか?彼の未来を予測できないのか?彼の精神に干渉できないのか?理屈は分からないが彼に対するすべてが無駄だった。
私は興味を持った、彼の行く末に。只の人間に対しては思考も読めるし未来も予測できる。というかやりたい放題だ。今私の周りにいる野次馬ども全員が私に対して邪な感情を持っている事なんてどうでも良かった。
「何してるんですか?先輩?」
彼に初めてかけた声はその一言だった。未知の存在に対してどのような応対をすればいいか分からなかったが、日本の漫画などを参考にさせてもらった。
話掛けられた彼はぎょっとしていたが『いや、別に』と返答をしてくれた。
今考えると明らかボーっとしている先輩にあの一言は無かったと思う。もっと先輩に対して衝撃的な一言を与えるべきだった。そうすればもっと早くいちゃいちゃできていたというのに。
しかしその時の私は彼に対する興味が行動指針であったため、積極的に彼に話しかけるようになっていった。
正気、私自身がいつ明確と『恋』というものに落ちたのかはわからない。気が付いた時には次いつ会えるかな?この事を同胞に話したら気味悪がられた。その時『ただの人間に?』と言われたときには久方ぶりの怒りを覚えた。
これが恋だとしってから、私は彼に対する話し方が変わった。これまでは漫画から参考にしたものだったが、徐々に自分の話したい言葉が自然と出てくる。
しかし彼と話をする事で幾らか障害が生まれた。周りの人間たちである。彼との話に集中したいのに周りでひそひそこちらの事を話したり、彼に対する嫌味だったり。
最初の頃は彼もしょうがないなと無視していたが、それが一か月、二か月とも続くと彼は明らかに傷ついているように見えた。
私の興味の対象に、初めてした恋の対象に何をしてくれる!
邪神は生まれてから一番怒りを覚えたと思う。あの時彼が制止してくれなければ皆殺しにしていただろう。
あの後話を聞いても。
「ニャルが悪口を言われているわけじゃないし、俺の事は気にしなくても大丈夫だよ」
私の事だったら怒っていたという事だろうか。私の事を想っていてくれて少しうれしさを覚えた。
そして彼を傷つけた『人間』に対しての怒りは止まる事は無かった。
そして私は疑問に思った。
何故私はこんな力を持っているのか。私という存在が生まれ出た時からの疑問であったが今ではわかる。
彼の為だ、彼の為に今この力の全てを振るおう。
永い永い暇つぶしはもう終わりだ。
———————————————————————その日、彼を除くすべての人類が絶滅した。
そして滅ぼした人類と姿、形、記憶の全て同一の存在を作り出し、彼らに私達に対する危害を禁ずる思考回路を付与した。
本当は殺したままでも良かったのだが、彼が悲しむと思って作った。彼の両親を殺す必要はあるのかと少し考えたが仲間外れも可哀そうだと思ったので殺した。
このような派手な事をしてしまっては当然同胞達との反発も起こる。
なのでみんな殺した。きっと彼に対する嫌がらせをしてくるであろうと思ったのもある。
しかし最後に例外が現れた、父と名乗る存在だ。宇宙そのものと言っていい存在のヤツに対して、私は命を懸けて戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って……
……そしてヤツを納得させるまでに至った。
その時に負った傷は流石の私でもすぐには治癒する事が出来ずに彼に心配をかけてしまった。交通事故としておいたが毎日彼は病院にお見舞いに来てくれた。
毎日通ってくれる彼に私は精一杯の笑顔で答えた。それでも心配そうな表情をする彼に対してああ、なんて愛しい、好き、愛してると心底感じた。
この時から邪神はニャルになった。
先輩には似合わないギザな言葉で告白をしてきた時には飛び上がるほどに嬉しかった。今ならヤツを殺せると思うくらいに気持ちが舞い上がりました。
それから変わった世界(彼にとっては変わっていないが)で私と先輩はものすごーくいちゃいちゃしました。
ぎゅーっとだきついたり腕を組んでくっついて歩いたり。思い出すだけでもにやけが止まりません。
そして、今前には私の手を引き何かを伝えようとしているこの世で一番愛しい存在。
先程から気にしている鞄の中身を確認するような野暮な事はしない。
きっとこれからもずっと幸せな日々が続いていくのだから……。
彼は知らなくていい。邪神がやったことを。知らない方が幸せというものである。人類は彼を除いて絶滅したが、人間社会はそのまま続く、何も問題はない。
「ニャル、伝えたいことがある、聞いてくれるか?」
広場の大きなクリスマスツリーの前で彼にそう言われる。思考は読めないが雰囲気で察してしまう。彼の顔が耳が赤くなり明らかに緊張している。
「はい」
心臓が飛び跳ねる。
「ニャル、何にもできない俺だけど、お前を想う気持ちは誰にも負けないつもりだ……だから……」
涙があふれ、感情がコントロールできなくなってくる。
「結婚してください」
彼は目の前で片膝をつき黒い箱を開ける。中から出てきたのは小さいダイヤモンドが付いた指輪だった。
答えなど最初から決まっている、愛しいあなた。あなたの為なら世界だって滅ぼせる。
「はいっ」
有村名人
大学三年生
本人は一般人だと思っているが、ニャルでも干渉できない特殊な力を持っている男。生活していくうちにニャルに惹かれ付き合う。ニャルが起こしたことについては何も知らない。
ニャル
邪神、ニャルラトホテプ。暇つぶしに大学生をしていたら彼と接触。『恋』を覚えて以降行動指針が彼に変わる。ニャルさんは人間の倫理観とは違うものを持っている。けど愛しい人への思いは変わらない。只その愛が彼の知らないところで、とてつもなく大きなものを引き起こしたというだけ。
ここに出てくる登場人物の本編になります。何年も前から執筆しているものですので、文章が拙い部分があると思いますが、ぜひ一度見てみて下さい。内容はシリアス0割と言っても過言ではない程はっちゃけています。
女神の恋人
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