TOKYO風鈴
夏の、湿った暑さが心地悪いのは多くの人にとって難題だ。このひと月ふた月をどうやり過ごすか真剣に考えねばならない。特にやることも無く家に居たり、ヤケを起こして眠ってしまおうと思っても、蒸し暑さはそう易々と眠らせてはくれないし。仮に上手く眠りにつけても、しばらくすると「ウッ」っとなって、べっとりと汗を掻いて目が覚めたりする。
エアコンを掛けっぱなしにしているのも、貧乏性からかどうも気が進まない。
「どこかの店にでも行っていた方が気晴らしになるし、涼しいだろう」
そんな思惑で出かけた休日。
大きな商業施設なら涼しいだろうと当たりを付けて、読みかけの本を一冊持って歩いていると、ガラス細工の店に目が止まった。この店はついぞ何も買ったことが無いのだけれど、店先に並べられたガラス製品にはいつも目が行く。透明感があり不思議な造形のものも多く、一瞬見ただけでは「何に使うのか」と聞いてみたくなったりする。特に今、視覚的に涼しさを感じさせるそれらは、何のエネルギーも使わずに見ているだけで暑さを忘れさせてくれるというのが素晴らしい。そして、今まさに、その特性を存分に生かした物が大量にその店の前面に並んでいた。風鈴だ。
透明なガラス。色とりどりの涼しげな題材の模様。丸い水滴のような形、その軽やかな音色。店先に並んでいる見本に見入ってしまった。
「いらっしゃいませ」
多分そう言ったようだった。店の主人と思われる年配の男性が出て来て軽く会釈した。この暑さだ、明るく大きな声でハッキリと挨拶されるのも「暑苦しい」ので、そういう、居るのか居ないのか分からないような登場の仕方をしているのかも知れない。
さて、むかしならば。若い頃ならば、こんな風に店に立ち寄って見入っていて、店の主人に声を掛けられたら「買わずには帰れない」と思っていただろうが、図々しい齢になって、店に冷やかしで入るのにも抵抗を感じなくなっている。ここは適当に見て、ガラス細工で涼を取って退散するか。そう思っていたとき、
「風鈴ですがね、最近はこんな物もあるんですよ……」
店主が店の棚にある物を指さして言った。見た目は店先のガラス製の風鈴と違わないようだったが、店主が一つを取って風鈴の内側に「フッ」とひとつ息を吹きかけると、手のひらに載せたその風鈴がひとりでにフワリと浮き上がった。そして、そのままフワフワと店の軒先に吊された「普通の風鈴」に混じって静止した。そこに風が吹いて来て、普通のヤツと同様に「チリン」と鳴った。
「何ですかこれは……自分で飛んでるんですか。どんな技術を使っているのかな」
驚いて、その風鈴を眺めながら言うと店主は声を出さずに笑い、
「最近は、風鈴はさほど売れませんのでね、何か時代に合った物が出来ないか考えている内に思いつきまして。この風鈴は風で鳴るんじゃないんです。自分で鳴るんですよ。だから、風が強くてもうるさく鳴り続けることはありませんし、あんまり風が強いときは決められたところに自分で降りて来て、なんと言うんでしょう、避難するんですよ」
そう言って、どういう技術を使っているかという質問には全く答えなかった。それは、どうも「わざと」のように感じた。
「おもしろそうですね……一つもらおうかな」
こんなハイテクな風鈴があるとは思わなかった。ハイテクでアナログな風情を再現するのは、心惹かれた。買わずには居られなかった。
「そうですか。作ってみてよかった。ありがとうございます。模様はこの中からお好きな物を選んでください。箱の中にこの丸い金属の板が入っています。これを置いたところが、この風鈴の戻る場所になりますので、無くしませんように。使い始めは、さっきお見せしたように、風鈴の内側に息を吹きかけてください。それだけであとは、風鈴が自由にやりますので」
買った風鈴を家にすぐさま持って帰り、あたふたと箱を開けて風鈴を取り出し、頭の突起をつまんで持ち上げてみた。今更よく見てみたが、どこにも動力らしきモノがない、それに、「なんて軽さだ」そう思った。まるでガラスという感じさえしない。
早速、着陸点を決める丸い金属板とを持って居間のガラス戸を開けて縁側に金属板を置き、風鈴を逆さにして中に「フッ」と息を吹き込んだ。そして手の平に置くと、風鈴はスウッと浮かび上がり、フワフワと飛んで軒先に静止した。
「こいつは不思議だ」
風情があっていいなどと思う前に、その気持ちが先に立った。それからずっと風鈴を眺めていた。だが、風鈴は風鈴だ。何ら変わらないと思った。けれど無風でも時折自分で「チリ~ん」と軽く鳴る。それに、天気のいい日は軒先から少し外に出て日の光を受けて光る姿を見せたりする。時には、スイスイと辺りをゆっくり、まるで海のクラゲのように漂って見せたりする。透明なガラスに青と赤の筋の模様が入ったそれが軒先を行ったり来たり泳いでいるのだ。
「こいつはいいや。もっと欲しいな。あと二つ三つあってもいいな」
次の休日、昼間から楽しみにしてガラス細工の店へ向かったが、シャッターが降りていた。それから何度もその道を通ったが、その店はあの日から二度と開かなかった。
タイトル「TOKYO風鈴」




