02 知識の必要性
バルバッサ家に引き取られるためには母が死なねばならないというのに気がついたわけだが、十四年を共に過ごしたお母さんが死んで欲しいとは思わない。だから現代日本人の知識をフル活用して健康的な食事や衛生面の管理など、結構頑張ったというのにお母さんは呆気なく死んだ。
ある日突然倒れたお母さんは、全身に薔薇の刺青のようなものが浮き出ていた。
こ、これ知ってるーー!!!赤薔薇の呪いだーー!!!学園在学中に解決する厄災の一つーー!!!
病気じゃないじゃん!!!元凶である呪われた赤薔薇をどうにかしないとダメじゃん!!!発症から一ヶ月とか無理じゃん!!!
順調に、だけどこっそり武術と魔法を習得していた私だが、件の赤薔薇がある場所には転移魔法が必要不可欠だ。
ゲーム中では、ルード様が赤薔薇の呪いにかかる。数年前からじわじわと発病が確認されていた不治の病。それの原因を、アイリスが予知する。予知と文献を照らし合わせていくうちに、王都から離れた霊山にある赤薔薇が呪いを振りまいていることが発覚した。それを解決するために転移魔法で霊山麓の町まで向かう。王都から麓町は馬車を乗り継いでも一ヶ月はかかる場所だ。
これが分かった時点で大人たちは霊山に向かっていたが、どう考えてもルード様が先に死ぬ。他に方法はないのかと調べていくうちに、古代魔法に転移の魔法というものがあることがわかる。アイリスとジャックは必死に転移魔法を覚えようとするが、これもまた難題でうまくいかない。
そんな中で我らがチート、アリス様が転移魔法を誰よりも先に習得して、ようやく霊山に向かう。そして『呪いの赤薔薇』という魔物とRPG顔負けのバトルが展開され、呪いを解呪するアイテムを手に入れる。
というのが一連の流れだ。解呪アイテムの『薔薇の涙』は呪いの赤薔薇を倒さないと手に入らない。しかもこれ、霊山にしか生息しない。アイテムは朝露のような見た目だというのにただの薔薇の露じゃ意味がないのだ。転移魔法を今から覚えようにも、正確な魔法陣の理解が必要だし、麓町の座標がわからなかった。私には圧倒的に知識も、それを手にいれる環境も足りない。
この世界は普通に魔物が生息するから、何かしら他の方法がないかといろんな魔物を探してみたけどやはりダメで。
最後まで一緒にいられなくてごめんなさい。そういって息を引き取ったお母さんに縋り付いて泣いた。
前世の知識があっても助けられないんじゃ意味がないじゃないか。前世の知識だけじゃ取りこぼしが多すぎる。こんな体たらくでアリス様を救うことなんか出来ないことに思い至って、辛くて、悔しくてさらに泣いた。
そんな絶望の渦中に放り込まれていた時に、バルバッサ家からの使いの人がやってきた。私を引き取りたいらしい。
ゲームは恙無く進行しているのだと思った。お母さんが死ぬ前までに、予知の力があるっぽいことはじわじわと浸透させていたから。
私を自身のご落胤だとは言わず、数代前の平民と結婚した遠縁の子供、という設定で引き取られた。暗い気持ちのまま、綺麗なドレスを着て貴族としての教育を受ける。
平民の身分では知識を手にいれるのはどうしても難しかった。だからお母さんを敢え無く殺してしまった。ならば、今の環境はどうだろう。足りない知識も今なら補えるのではないだろうか。
そう考えたら少しだけ気分が浮上して、今やるべきことを思い出せた。一つ取りこぼして絶望して、そこで足を止めている場合じゃない。自分に足りないものを理解できたのだから、もっと貪欲に生きていかなきゃいけないだろう。
貴族としての最低限の知識だけじゃ物足りない。
学園への入学は十五歳。勉強できる期間は一年もないのだ。もっと、もっと努力しなくては。
家庭教師の勉強を終えたら書斎に入り浸り、ひたすらに知識を詰め込んだ。
今度こそ死なせないために、今の私が出来ること全てをしなくては。全てはハッピーエンドを迎えるために。
気持ちを新たに、また一冊と本を取る。学園に行くまでに、書斎の本を網羅するのが最低限の目標だ。