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2019/5/28 小さな冒険

作者: カイ

2019/5/28

「探検に行こうか。エディ」

仕事がひと段落したある日、カシハラは持ちかけた。執務室の隅にある青いクッションの上で丸まっていたエディは顔を上げ、嬉しそうに尻尾を振った。もう三日も中に閉じ込められているので、外に出たくてたまらないのだ。

いつものように紋章を使って部屋の鍵を外すと、一人と一匹はこっそりと裏庭を横切った。ちょうど掃除に来たのだろうボランティアの人々に見られないように、ほふく前進をするようにして芝生の中をゆっくり進む。

「見つからないように気をつけてね」

「すごくたのしいの」エディはくすくす笑いをした。「かくれんぼみたい」

「みたいじゃなくてかくれんぼだよ」

無事に宮殿を出て坂道を登ると、鬱蒼と茂った森が見えてくる。中からは、小鳥や獣の鳴き声がひっきりなしに聞こえている。木々の合間から差す眩しい陽光。照らされた芝生はきらきらと輝いている。芝生をよく見ると、小さな水滴がぽつりぽつりと載っていた。

「きれーなの」

エディはあどけない口調で言うと、カシハラの腕の中から芝生の上に飛び降り、においをかいだ。左右に揺れ動く尻尾はまるで猫じゃらしのよう。下で小さな草がかさかさと音を立てている。

「そうだね。きれいだね」

「さきにすすむの!」

カシハラはエディと共に伴走した。契約地域の王であるという事実などすっかり忘れ、今現在が良ければいいような思いにとらわれていた。前へ前へ走っていくと、小さな洞窟が見えてきた。

「はいるの!」

エディは飛び込んでいく。中は暗く湿っぽく、左右には青いクリスタルがぽつぽつときのこのように生えている。奥まで進むと、クリスタルと暗闇がただただ続く。

不意に、エディがカシハラの足下で「くうん」と鳴き、体を足に擦り寄せてきた。

「おうちゃまあ、こわいの」

カシハラは微笑む。

「そっか。どうしようか……もう帰る?」

「かえやない。すすむの!」

奥へ奥へと進んでいくと、洞窟の中に朽ち果てた小さな祠があった。あたりは暗いにもかかわらず、祠だけはぼんやりと闇の中に浮かび上がっている。洞窟奥の左上に小さな小窓のような穴が開き、空が見えている。祠の前にカシハラのひざくらいの背丈の小さな看板があった。

「よんで! おうちゃま」

「この洞窟では以前、ペットのわしが契約地域の王を守っていた。そのわしが留守をしている間に、呪術師が王を殺しにきた。二人は相打ちとなり、王は契約地域を守って命を落とした。そうとは知らずに戻ってきたわしは、王の亡骸を見て、ショックのあまり即座に息絶えてしまった。それを知った地元の人たちは、王とわしを哀れんで、この祠を建てた」

初めて聞く話だった。宮殿の図書館にはこのような記述のある伝記はなかったはずだ。王の伝記が書かれるようになったのは二百年前からだから、それ以前の話なのだろう。

一人と一匹は顔を見合わせた。

「かわいそうだね」

「かわいそなの」

宮殿に戻っても、エディは眠らずに部屋中をぐるぐると歩き回っていた。

おやつの時間になったので用意していた高級まんじゅうを出してやった。宮殿御用達の老舗「くずはら」の饅頭だ。エディははむはむと、食べていたがやがてゆっくりとカシハラを見上げた。

「おうちゃま。わしさんとむかしのおうちゃまはなにたべゆ?」

「あの人たちはもう何にも食べないんだよ」

「でも、ほこらのまえにだいがあったの。からっぽだったの」

「ええと、それは」

カシハラは口ごもった。ここしばらく放置されているからだろうなど、言えなかった。

「あそこになにかおいておいたら、きっとたべゆの」

次の日。一人と一匹は再びほこらに足を運んだ。エディは背中に風呂敷を巻きつけて、よたよたした足取りで歩いている。

「ねえ、やっぱり持とうか?」

「だめ!」

「どうして? 重いでしょ?」

「おうちゃまは、おもいものもったらだめなの」

幼いなりに、契約地域の王を守らなければならないと考えているらしい。

ほこらには昨日と同じように何もない台がある。エディとカシハラはまんじゅうを祠に備えた。みるみるうちに台の上にこんもりした山ができる。

「ちゃべてくれるといいね」

「そうだね。せっかくエディがおやつを我慢したんだもんね」

エディは真っ赤になった。

「ご褒美に、葛原のおまんじゅう買ってあげようか」

エディは嬉しさを身体中で表すように浮き上がった。

和菓子屋「葛原」は、境界線駅の手前に店舗を構えている。境界線駅というのは、あらゆる世界と契約地域を繋ぐトンネルのようなものだ。契約地域は「どこかにあるがどこにもない街」と呼ばれており、契約地域の王の許可なしには出入りできないことになっている。ただし、ときおり事故があり、外から中に人が迷い込んでしまうこともあるのだが。

カシハラは「葛原高級まんじゅう」を二つ買うと、駅前の青いベンチに座り、まんじゅうを頬張った。

「やっぱしおいしいの!」

「エディは本当に食いしん坊だねえ」

半ば呆れ、半ば感心しながらカシハラはまんじゅうを食べ続けた。

「おうちゃま、みて!」と、エディが声を上げた。

空を見ると、青空を背景に、まんじゅうを食べる人間とわしの形の雲がぽっかりと浮かんでいた。

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