セットでポテトな超能力
「ヤツめ、どこ行きやがった!?」
「遠くには行ってないはずだ、探せ!」
男たちの怒号と足音が遠ざかっていくのを確認した後、俺は隠れていたゴミ捨て場のゴミの下から這い出た。
うええ、くさい。
しかし、なんとか窮地は脱したようだ。
俺は『組織』に追われている。俺は『組織』の被験体であり、『組織』の研究所から脱走したためだ。
脱走して3日。このまま逃げ切れるのではないかと油断したところを見つかり、街中で必死の鬼ごっこを繰り広げて、現在に至る。
とにかく身を隠さないといけないが――腹が減った。
この3日間というもの、まともに飲み食いしていない。手持ちは自販機の下から拾った100円だけだ。
やむをえない。研究所で被験体として「植え付けられた」超能力を使おう。
俺は付近のファストフード店に入った。100円で注文できるのはSサイズのジュースだけなので、オレンジジュースを頼む。
なけなしの100円を払うと、店員がトレーにカップを乗せてくれた。
差し出されたトレーを受け取る瞬間、俺は超能力を発動させる。
するとトレー上、カップの隣に、小さな紙袋に包まれたLサイズのポテトが出現した。
店員に気付かれるとまずい。緊張の一瞬だ。
俺は冷静を装い、トレーを手に歩み去る。
……状況クリア。
安っぽいプラスチック製の椅子に腰を下ろし、俺はためていた息をついた。
安堵すると、すぐに俺の視線は湯気がたたんばかりのフライドポテトに吸い寄せられた。
震える指先で袋から飛び出ていた1本を引き抜き、口元に運ぶ。
熱々のポテトから豊かな塩味が口中に一気に広がり、唾液があふれた。
旨い。
旨すぎる。人生で最高の食事と言っても過言でない。
気付くとすべてたいらげ、袋をひっくり返して底にたまった揚げカスまでをも口中に流し込んでいた。
オレンジジュースも飲み干す。
さて、説明しよう!
俺の超能力は、「食べ物を受け取るとき、セットでポテトが付いてくる能力」なのだ!
……ショボいにもほどがある。
クーポンかよ。
まあ、所持していてマイナスになる能力ではない。だが、この能力を得た代償に俺が失ったもののことを考えると、まったく割に合わない。
俺はファストフード店でバイトをしている普通の大学生だった。バイト帰りの深夜、横付けされたワンボックスカーに拉致られ、場所もわからぬ施設に監禁され、数か月間にわたってありとあらゆる人体実験を受けた。
内容は思い出したくもない。人権を完全無視していたのは確実だ。発狂しなかったのが不思議なくらいだった。
その人体実験の目的は、人間に超能力を発現させること、だったらしい。
果たして、俺にも超能力が宿った。
その超能力が――『セットでポテト』だったのだ。
……いや、それは違うじゃん。
他にもいろいろあるじゃん。
時を止める能力とか、炎や電気や冷気を操る能力とか、重力を操る能力とか、他人の心を読むだとか、瞬間移動、念動力、千里眼、なんだっていい。なんなら寿命を代償にして知覚や身体能力を増大させるとかでもかまわない。
よりによって『セットでポテト』はないだろう。クソの役にも立たない。ちょっと小腹が満たせるくらいだ。しかもフライドポテトなんか数百円で手に入る。まあ、さっきは一文無しの非常事態だから少しは意味があったけれど。
ああ、これから俺はどうすればいいのか。
誰にも頼れない。
もちろん脱走して即刻、交番に駆け込んだ。だが、「保護のため」と引き渡されそうになった相手は、研究所のスタッフだった。警察も『組織』とグルなのだ。
とんでもない集団を敵に回してしまった、と頭を抱えた俺の隣の席に、少女が座った。
少女のトレーの上には、スタンダードなハンバーガーが1個だけ。たしか110円だ。飲み物もない。
少女は15、6歳ほどだろうか。服装はボロボロで薄汚れている。まるで、数日間休まずに街中をさまよっていたかのように。
そこで俺は気付いた。少女が身にまとっているカーディガンの下には、研究所の試験着がのぞいている。俺が毎日着用させられていたものと同じだ。
ということは――。俺は低く小さく声をかけた。
「俺は研究所から脱走してきました。あなたも――そうですね?」
少女はハッとして、ハンバーガーにかぶりつこうとした動きを急停止した。
彼女は口を閉じ、こちらを見て、うなずき、口を開き――ハンバーガーにかぶりついた。
「……」
「モグモグ」
一口で半分以上いった。なかなかの食べっぷりだ。って、そうじゃなくて。
「ちょっと待って! 一口だけ残して!」
彼女はハムスターみたいにハンバーガーを口元に所持したまま、俺から少し距離を取った。
「モグモグ……、あげませんよ?」
「いやいや! もらおうってんじゃないですよ! あなたも研究所にいたなら、何か能力を持っているんじゃないですか? 俺の能力を見せるには、食べ物が必要なんですよ!」
「ング、ごっくん。なるほど。そういうことですか。追われている者同士、共同戦線を張ろうというわけですね。理解しました。モグモグ」
「理解が非常に早くて助かるけど、理解したなら残りを食べ進めるのやめてくれる!?」
「我慢できなくて。ふう、ごちそうさまでした」
俺は肩を落とした。
少女は口元をぬぐいながら言う。
「たしかに私も研究所に監禁されていて、いろいろとひどいことをされて、3日前に脱走しました」
3日前。俺と同じだ。
あの日、研究所では爆発があって、壁が崩れた。その混乱に乗じて被験体が何人も脱走した。俺もその一人だったし、目の前の少女もそうだったのだろう。
そんなアクシデントでもないと、『セットでポテト』な能力の俺が脱走できるわけがない。
「あ、もしかして君が持っているのは、爆破能力――なのか?」
だとしたらかなり戦闘向きだ。いっしょにいれば心強い。
「いいえ、私の能力は――あ、ピクルス残ってた。これでもイケます?」
彼女はハンバーガーの包み紙にくっついていたピクルスをつまみ上げた。
「……ええ。そのピクルスを俺に手渡してくれますか? そのときに俺の能力は発動します」
「わかりました」
そう言って彼女はピクルスを、俺が差し出した両手の上に落とした。
――瞬間、俺の手のひらは、Lサイズのポテトと――大量のピクルスでいっぱいになった。
「うおっと!」
予期せぬピクルスの山に俺は思わず声をあげてしまう。
なんじゃこりゃ。俺の能力はポテトしか生まない。となると、もしかしてこれが――?
俺の疑問に先手を打つように彼女は言う。
「これが私の能力です。人に食べ物を渡すとき、その量を増やすことができる。名付けて――
『大盛り無料』――です」
………………………………。
使えねえええ!
何? あの研究所ってそういうトコ? もっと強力で邪悪な超能力を研究してんじゃないの? それとも俺らが失敗作なだけ?
俺の思いが顔に出ていたのか、彼女は不満そうに言う。
「私の能力、食べ物を何か一個もらえばたくさん食べられるんですよ、すごくないですか? ただ、この能力で増やした食べ物を、再度増やすことはできないという制約はあるんですけれどね」
なるほど、無限ループで増やすことはできないというわけか。
……いや、どーでもいい。
相手は警察をも支配している『組織』だ。
『セットでポテト』と『大盛り無料』だけで、どうやって対応しろというのか。外食チェーンでもやってろ。
「あ、待ってください。私たちの能力を組み合わせれば!」
彼女が興奮したように言って、俺が能力で生み出したLサイズポテトを俺の手から取り、再度俺の手のひらの上に落とした。
「うおおおっ!」
ポテトが鍋一杯分ほど出現した。ピクルスまみれの俺の手では受け止めきれず、テーブルにポテトが散乱する。
「で、この新しいポテトを使えば――」
彼女は、俺の能力で新たに生み出されたポテトを俺の手からつかみ取り、またまた俺の手に落とす。
さらに鍋一杯分のポテトが出現して、テーブルはポテトまみれになった。
「いいかげんにしろ!」
「ね、すごいでしょ! ポテト無限増殖!」
「たしかにすごいけども!」
二人とも空腹だったので、テーブルに散らばった大量のポテト(とピクルス)を端から食べていった。
……周囲の視線は気にすまい。あと飲み物がないので口の中の水分をポテトに全部もっていかれた。
その後、彼女もどこに行くあてもないということなので、いっしょに店を出た。
時刻は午後7時。帰宅時間のため、駅周辺は混雑している。この人混みにまぎれて街を離れようという算段である。
「おい、いたぞ!」
「被験体2名確認! 駅前交差点!」
もう算段が崩れた。
「くそ、逃げるぞ!」
俺たちは雑踏をかき分けるように走り出した。
「止まれ!」
脇道から男が飛び出してきた。俺の横を走る彼女が腕を振ると、ポテトが一本飛んでいき、空中でバケツ一杯分ほどに増えて男に降りかかった。
「熱っ!」
高温のポテトを頭からかぶり、男が地面を転げ回る。
……何そのファイアーボールみたいなポテトの使い方!?
男の叫び声に足を止めた人々の間を縫うようにして、俺たちは走った。
この街は後背に山があり、坂道が多い。俺たちは『組織』の追っ手から逃げ回るうち、徐々に高いところへ移動してきていた。
「あっちにいたぞー!」
撒いたと思ったのに、また見つかってしまった。
再度走り出すが、もう息も絶え絶えだ。彼女は俺よりもさらに辛そうだ。
見上げるようなキツい坂道を登りながら、逃げ回るのはもう限界だと俺は判断する。
俺は荒い息をつきながら、並走している彼女に声をかけた。彼女は金魚のように口を開閉しながらうなずいた。
俺と彼女は立ち止まり、振り返る。
追っ手の数は10人ほど。
俺たちは両手を挙げて、降伏の意を示した。
男たちがニヤリとして駆け上がってくる。その距離、30メートル、20メートル、10メートル……。
そして2メートル。
あと数歩で先頭が到達するというタイミングで、俺と彼女は上げていた両手を降り下ろし、片手同士をつないだ。
――二人の手のひらの間には、ポテトが一本。
濁流が生じた。
俺たちのつないだ手から、無尽蔵のポテトがほとばしり、眼前に迫っていた追っ手に襲い掛かった。
俺の『セットでポテト』能力と、彼女の『大盛り無料』能力のコンボ、最大出力。
爆発的に噴き出るポテトの濁流から受ける反作用と熱波に耐えつつ、それでも俺たちは能力をふり絞って叫ぶ。
「セットでポテトはいかがですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「無料で大盛りにできますがいかがしますかぁぁぁ!」
雪崩だった。
住宅街を通る急な坂道に、フライドポテトの雪崩が起きている。
追っ手どもは悲鳴を上げながら押し流されていった。
こうして街を脱出した俺たちだったが、それからも『組織』の追撃は続いた。
普通の人間では俺たちの相手にならないと見るや、時を止める能力者や、炎や電気や冷気を操る能力者や、重力を操る能力者や、他人の心を読む能力者や、瞬間移動、念動力、千里眼、寿命を代償にして知覚や身体能力を増大させる能力者たちが次々と『組織』からの刺客として差し向けられてきた。
それらの襲撃を俺たちは『セットでポテト』と『大盛り無料』で切り抜けていくのだが――それはまた別の話。